みゅう様より頂いたリクエストです。





 薄暗い教室の中、俺は校庭の中心で勢いよく燃える炎と、それを囲むようにしてユラユラ踊る生徒たちを眺めていた。今日は文化祭最終日。この二日間のために皆でたくさん用意して、そして頑張ってきた。それが今日終わる。今は後夜祭。メインのダンスパーティーの時間だ。何でもこの後夜祭のダンスパーティーで一緒に踊って告白すると百パーセントの確率でカップルが成立するとか何とか、クラスの女の子たちが騒いでたな。だから今も外で踊っているのは男女のペアが多い。勿論友達同士で踊っているやつもいるけど。そう言えば、大樹のやつも文化祭までの間、毎日お誘い受けてたな。同じ学年の女子だけでなく、先輩たちからも誘われていたのだから、本当にモテるな大樹は。

「……宗介?」
「おう」

 噂をすれば何とやら。噂と言うか勝手に俺が考えていただけだけど。ガラリと教室の扉を開く音がしたと思ってそちらを見ると、何と大樹が立っていた。ぼんやりと外を眺める俺の傍まで来ると、俺が座っている席の前の席にどかりと座る。

「何となく此処に居る様な気がしたけど、ホントにいるとは思わなかった」
「そうなのか?」

 俺に紙パックのジュースを寄越しながら、大樹が照れくさそうに笑う。でもいいのか?大樹がこんな所に居て。そんな俺の考えを読んだかのように、大樹は「いいの」と言いながら俺を見る。何故か若干不満そうに。まあ、正直クラスの出し物やら部活の出し物やらでてんやわんやだった俺達は、スケジュールが全く合わず一緒に回れなかった。楽しみにしていただけに残念だったけど、色々やり切った感があったから俺は満足したんだけど。大樹はそうではないらしいな。

「俺、宗介と一緒に居たかったから…いいじゃん、文化祭の最終日くらい」
「いや、俺は嬉しいけど…ダンスはいいのか?」
「全部断ったから、平気だよ」

 その言葉に思わず目を見開く。あんだけの人に誘われたのに、全部断ったのか?何と言うかそれはちょっと勿体無い。中には綺麗な人も居たのに。

「…宗介こそ、いいの?」
「何がだ?」
「ダンス…」
「嫌味か。俺にそんな相手はいない」

 ムスッとして言い放った俺の言葉に、今度は大樹が目を見開く。なんだ、どうした?

「え、でも。今日だって、朝から『付き合って下さい!』って…」
「え?ああ。でも忙しかったから職員室まででいいかって聞いたら皆頷いてくれたけど…見てたのか?」

 そう言えば今日はそんな事が何度もあった。俺結構忙しそうにしてた筈なのにみんな俺を何処かに付き合わそうとしてたな。しかもみんな知らない子たち。何だったんだ一体と考える俺を見た大樹が、心底憐れんだ目で遠くを見つめ「今日の子たち、可哀想…」と呟いた。え、なんで可哀想?

「まあけど…可哀想な思いさせたの、宗介だけじゃないけどさ」
「え?」
「宗介が此処に居る様な気がしてたのに、捜してた子たち皆に嘘ついた」

 ちょっとバツの悪そうな顔をした大樹だったが、だってさ、と少し不貞腐れた顔で窓の外を見る。

「俺だって宗介と一緒に文化祭楽しみたかったのに…最後の時間までとられたら堪んない」
「大樹…」

 ちょっとジーンとした。大樹にそこまで言ってもらえるなんて思ってなかったから。俺の感動の眼差しに気付いたのか、はたまた自分が言った事が恥ずかしかったのか、徐々に顔を赤くさせていく大樹は、ブンブンと腕を振って「そ、そう言う意味じゃないからねっ!」と声を張る。どう言う意味かは分からないが、俺は今の言葉が嬉しかったからそれはそれでいい。

「ありがと。俺も大樹と一緒に過ごせて嬉しい」

 素直にそう言葉で返すと、大樹がグッと息を呑む。顔は変わらず赤いまま。どうしたんだ一体。思わず首を傾げていると、大樹がガタリと席を立ち、そのまま俺の前に立った。突然の事に目を丸くしていると、大樹が徐に右手を差し出してくる。この手は…?そう思って大樹を見上げると、彼は薄らと頬を赤く染めたまま口元を緩め優しく微笑んでいた。女の子が見たら一発で落ちてしまいそうな、そんな雰囲気を纏った大樹は、そのまま俺の手を恭しく掴むと、その場で膝をついた。
 まるで、従者が主人に誓いをたてるかのように。俺は、大樹の一挙一動から目を離せなくなった。真剣な大樹の瞳と目が合う。

「だ、いき?」
「宗介……俺と、俺と踊っ――」

「大樹ー宗介ー」
「此処に居る筈なんだけどな。さっき大樹が行ったのみたし」
「あ、ホントだ。いたいた……って、何してんの大樹。何で床で寝てんの?」

 大樹が何か言いかけた時、突然扉が開き、入って来たのは多野、宮田、佐竹の三人だった。その瞬間大樹は俺から勢いよく離れ、ガンッ!と机や椅子に盛大に頭をぶつけながら床に転がる。痛さからか、身体が小刻みに揺れている。

「何かあったのか?」
「いや。折角だし抜けて遊びいこーぜ。どうせ俺ら踊る相手いないんだし」
「大樹と宗介以外な。こいつら選び放題だから」

 あーそうだった!モテる奴は違うよな!と大げさに声を上げ嘆く多野を見て、俺は首を傾げる。大樹はともかく俺はモテる奴には入らないぞ。

「まあまだ宗介の門限?みたいなのもある事だし、行こうよ」
「ああ。分かった」
「大樹?大樹も行くでしょ?」
「……行く」

 未だに床に転がる大樹は、消え入りそうな声で宮田に返事する。んじゃあ行こうぜー!とテンションを上げる多野に、俺と佐竹も乗っかる様におーと手を上げた。楽しみだ。まだまだ、楽しい一日は終わらない。そう考えるだけで俺の頬は勝手に緩んでいくのだった。鞄を持って教室を出る多野と佐竹の後ろに、俺も着いて行く。
 だからその時、大樹と宮田が何か話しているのにも気づかなかった。



「今、俺と踊って下さいって言おうとしてたでしょ」
「……ッ!」
「告白でもするつもりだったの?」
「お、俺は別にそんな!」
「そんな真っ赤な顔で言っても説得力ないけど?」
「う…っ」
「いちごミルク一週間ね」
「……はい」

 そんな時、遠くから声がする。

「大樹ー?宮田ー?」
「宗介…」
「早く行こー、二人とも待ってるぞー」
「今行くー!」

 そう言って自分の鞄を掴み、廊下へ駆け出す大樹の後姿を見て、宮田が呆れたように呟く。

「名前を呼ばれただけでそんな嬉しそうな顔で飛び出しちゃって…」

 頭を掻きながら、鈍感二人の先が思いやられる。

「あれで好きと自覚してないとか、嘘だろ」



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