ぼん様からのリクエストです。





 些細なことで喧嘩した。
 いや、そもそも喧嘩と言うよりは俺が一方的に怒って、彼に「もう勝手にして下さい」とまで言わせてしまったから、喧嘩とは言わないのかもしれない。あんな呆れながら言うぐらい俺は見苦しいことを言ったのか。たぶん言ったんだな。でなきゃ、今頃彼の傍に居れたのに。

「入るぞ宗介。って、何やってんだお前」
「尚親、先輩…」

 自室の扉が開き、尚親先輩が顔を覗かせる。暗い部屋の中、ベッドの上で布団にくるまってうずくまる俺を見て訝しげな顔をした。まあ、確かに傍から見れば変なヤツかもしれない。
 けど、俺の様子に気付いたのか、目を丸くした。

「……何泣いてんだよ」
「べ、つに…何でも…」
「何でもない事はねぇだろ」

 部屋に入ってきた尚親先輩は、ベッドの縁に腰掛けると俺の顔を見て困ったように笑った。だから暗い部屋で布団にくるまっているのに、そんなに近寄ったらバレてしまうじゃないか。グスグスと鼻を鳴らしてボロボロと泣く俺の目元を、尚親先輩が軽く擦る。

「大方、凪絡みだろ」
「な、んで…」
「お前の一喜一憂に関わるのはアイツぐらいだろ」

 ムカつくことにな。
 そう言って面白くなさそうに呟く尚親先輩に目を見開く。そんなに分かりやすいのだろうか俺は。

「そんで、何で泣いてんだよ」
「……凪さん、今回結構学園空けて…久々に帰って来て、俺、楽しみにしてたんです」

 学園に居ない間も彼からの連絡は途切れることなく、会えなくて寂しくても凄く嬉しかった。だから今日帰ってくると聞いて俺は朝、一目散に校門に向かった。校門に着くと、丁度凪さんが黒塗りの車から出てくるところで、俺は大きな声で凪さんを呼ぼうと息を吸い込んだ。しかし、彼に続いて出て来た別の男子生徒の姿に、思わず足が止まる。
 一体誰だろうと疑問に思った。見たことないし、うちの制服ではない。けど内心は凄く不安でいっぱいだった。だって、二人が物凄く仲睦まじそうに話していたからだ。車を出る時も凪さんが手を差し出して、まるでお姫様のように扱う。
 それを見てドクドクドクと心臓が脈打つのを感じる。凪さんまでの距離はそんなに遠くないのに、足が固まって動かない。いや、ただお仕事を熟しているだけだろう。だから心配することない。そう自分に言い聞かせた。しかし、凪さんに嬉々とした表情を浮かべ抱き付いた生徒の姿を見た瞬間に、その想いは打ち砕かれた。困った顔で笑い彼を抱き留める。しかもタイミングの悪いことに、その瞬間に凪さんが俺の姿を捉えた。目を見開きながら男子生徒を抱き留める凪さんを見続ける事が出来なくて、俺は逃げる様にその場を走り出した。

「……それで、凪さん追いかけて来て、色々言ってたんですが…俺、もう頭真っ白で、言わなくてもいい事が口から出て、それを聞いて、凪さんがっ…」

 その時を思い出してまた涙が溢れる。
 一番好きなのは凪さんの優しげな笑顔。
 一番嫌いなのは――彼の無表情だ。
 その無表情で俺を見下ろして、「もう勝手にして下さい」と抑揚のない声で呟くと、彼はまた踵を返して戻って行った。
 恐らく、彼の所へ。行かないで…そんな言葉も出ない。

「もう、俺…完全に嫌われて…そんなつもりじゃ、なかったのに、こういう時、どうしたらいいか分からなくてッ…」
「――もういい。分かった」

 ボスッと、俺の頭の上に大きな手が置かれ、そのまま引っ張られる。顔が彼の胸に収まった。これは、抱き締められているのか?突然の事に驚き、涙が一瞬引っ込んだ。

「尚親、先輩…?」
「お前が突っ走りやすくてとんでもない無知で不器用なのは分かってる」
「ひ、酷…」
「自分が嫉妬してんのにも気付かねぇぐらい鈍感なのも分かってる」

 でも、と言葉を切った尚親先輩は、表情を見なくても分かる。きっとすごく優しい顔をしているのだろう。

「けど、泣くなよ。お前に泣かれるのは、困る」

 ポンポンとあやされる様に背中を叩かれる。ああ、これ、凪さんに出会った頃にもやられたな。それを思い出して、引っ込んだ涙がまたジワジワ出てくる。
 そうか、俺、嫉妬してたんだ。そう言う感情が自分にもあるなんて、思いもよらなかった。

「お前の頭を埋め尽くしているのがアイツでもいい。今だけこのまま、俺に預けろよ」

 俺はズルい。その優しさに甘えて、結局は泣いて縋り付くしか出来ない。一人で立ても進めもしない、そんな甘ったれた俺を、凪さんが好きなる筈ない。それでも、俺は貴方が大好きで堪らないんだ。こんなに胸が張り裂けそうな想いをするのも、きっとこの先凪さん以外にいない。
 俺はただただ静かに、胸を貸してくれる尚親先輩の腕の中で泣き続けた。
 ひたすらに、彼を想って――。

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