親衛隊隊長を代行します | ナノ
5

 困った。俺は今非常に困っている。
 どうしたものかと、風呂から上がり鏡の前に立ち尽くしてしまう。ぬぬぬと悩んでみても、今までの経験とかがゼロな俺は、ただ項垂れるだけだった。と言うのも、どう言う格好で悠生の前まで行けばいいのかが分からなかったのだ。悠生はさっき腰にタオルだけ巻いてたけど、俺までそんな格好で言っていいのか分からず、こうして結構な時間悩んでいる訳だ。けど、いつまでも悠生を待たせるのは悪い。

(それに……多分、話があるだろうし)

 だから、もう行かないと。
 そう思い、俺は急いで仕度をした。そしてドアの手前で深呼吸を一度し、意を決して扉を開けた。ベッドの縁に腰掛けている悠生が、俺の存在に気付き顔を上げた。

「綾太、遅かったねー。そんなに念入りに準備を……」

 俺の緊張を解こうとしてか、揶揄おうとした悠生が笑顔のまま固まった。そして勢いよく俺の方まで寄って来ると、両肩を掴まれた。

「ちょっと!なんで服全部着込んでんの!?」
「っ、い、色々あってだな」

 そう、結局俺が選択したのは服を全て着直すこと。流石の悠生も呆気にとられた感じだ。でも仕方ない。もう着てしまったんだから。

「俺とやるの……怖くなった?」
「違う。そうじゃなくて……」
「じゃあ、なんで」
「恥ずかしいから……」
「え?」
「お、俺はお前と違って経験ねぇから、どんな格好でお前の前まで行けばいいか分かんなかったんだよ!!」

 こんな事大声で言わすな!
 ジワジワと頬が赤くなるのを感じながら、俺はポカンとする悠生を睨み付ける。

「全裸でもよかったのに……」
「ぜっ!?」
「あーもう、どうしてそう可愛いのかなー……」

 ポスッと俺の肩口に頭を預ける悠生。その身体を抱き締めながら、俺は小さくごめんと口にした。

「だから、さ……」
「ん?」
「もう、お前の前だと何をしても恥ずかしいから……」

 顔を上げ、至近距離で俺を見つめる悠生の頬にソッと手を当てながら、俺は気恥ずかしさを誤魔化す為に笑った。


「お前が脱がして」
「――」
「自分で脱ぐの、恥ずかしいから」


 頼むな?
 そう言うと同時に、悠生が俺を強く抱き締めて来た。

「お、おい!なんか苦しいぞっ!」
「……ばか綾太」
「はあ!?」
「普通、脱がしてもらう方が恥ずかしいと思うけどー」
「え?」

 その言葉に首を傾げるが、悠生からしたらかなり呆れる発言だったのかもしれない。悠生の気を削いだかなと少し反省する俺の目に、頬を赤くさせる悠生の顔が映る。

「お前、顔赤いよ」
「……うっさい。理性保つ方の身にもなってよ」

 少し不貞腐れた様な悠生は、そう言うと俺の腕を引いてベッドに向かう。二人で勢いよく座り込めば、ベッドが軋む音がした。また緊張が高まって来て、思わず上擦った声が出る。

「ゆ、悠生」
「――綾太、あのさ」

 だがそんな俺とは対照的に、悠生の表情は真剣そのもので、声も先程よりいくらか硬いものとなっていた。ギュッと手を握られ、俺は瞬時に理解した。

「ああ、何」
「俺、亮太と付き合ってた。暫くの間」
「うん。知ってる。弥一から聞いた。最初は、何の冗談かと思ったよ。俺はお前に、弥一を頼むって言った筈なのに、なんでってな」

 やっぱりと言うか、悠生が話したかったこと。それは佐伯についてだった。まあ何となくは屋上でのあの一件で知ってるけど、詳しく知るにまでは至らなかったから。きっと、悠生もこのままでは駄目だと思ったんだろう。俺にとっても、悠生にとっても、良い話ではないかも知れないけど、それでも俺達が一緒に歩いて行くには共有しないといけない。お互い、一緒に過ごせなかった時間が、確かに存在するのだから。

「三鷹くんから綾太の話を聞いた時、頭真っ白になったんだ。俺は今まで一体何を見て来たんだろうって。分かってた筈なのに、ある日を境に、三鷹くんが変わったのに。それなのに俺は、ただその心に惹かれていく自分のことしか考えてなかった。ずっと隊長として俺の傍に居てくれるんだって、自惚れて、終わりを考えてなかったんだ」

 確かに、悠生は本当に三鷹かどうかを最初疑問に思っていたっけ。その度に、俺は三鷹だって答えた。それが、最善だと信じていたから。

「綾太のバイバイって言葉が、消えた後ずっと離れなかった。そんで凄い後悔した。あの時、名前を呼んでって俺に願ったキミは、確かに俺を求めてくれていたから。こんなどうしようもない俺でも、キミが欲してくれるならいくらでもあげたいのに、もうその時にはキミは居なかった。大好きって言ってくれて嬉しかったのに、それが最後になるなんて思わなかったから」
「……っ」

 俺から目を逸らさずにいる悠生の目はユラユラと揺れていて、その時の後悔や苦痛が見て取れた。俺の遺した言葉が、それ程までに悠生や弥一を苦しませることになったなんて。思わず唇を噛み締めると、悠生がそれに気付き、優しく唇を擦って来る。優しい笑みを浮かべた悠生は、俺の考えを否定するかのように首を横に振った。

「俺も三鷹くんも、綾太にそんな風に責任を感じ欲しくない。寧ろ、生きて俺の元に戻って来てくれた。それ以上のことなんて、ないんだから」
「でも、俺がお前に想いを伝えなかったらッ」
「言ったでしょ?嬉しかったって。俺は、綾太が俺を好きって言ってくれて凄く嬉しかった」
「悠生……」
「それに、此処まで拗れたのは俺の弱さのせい。三鷹くんにも、たくさん迷惑かけた。綾太が消えた事実を受け止められるだけの強さが俺にないばっかりに、当たって、縋って、そんで拒絶した。ホント、勝手。そんな時に、亮太が俺に言ったんだ」

 それが、俺をこの世に戻す方法、だったらしい。

「分かってた。そんなのない事くらい。でも、あの時返せなかった言葉を、どうしても綾太に伝えたくて、俺はその茶番に乗っかった。亮太の恋人として言う事を聞くって要求も呑んで」
「……それで、恋人になってどうしたんだ?」
「何でもしたよ。手を繋いでって言われたら、手を繋いだ。抱き締めてって言われたら、抱き締めた」
「じゃあ、キスしてって言うのには?」
「……したよ。何度も何度も、名前を呼びながら」

 ギュッと、悠生と手を繋いでいる方とは逆の手に力が入る。そりゃそうだよな。恋人として振る舞うなら、それはするよな。

「目を瞑って、何度も名前を呼んだ。キミの名前を呼んだんだ」
「――!」
「ホント、俺サイテーだよね。亮太を、ただ自分の寂しさを埋める為にだけ利用してたんだ」

 そう言う悠生は、こっちが見ていて辛くなるくらい、自嘲気味に笑った。

「ねえ、綾太」
「なんだよ」
「俺と亮太、エッチしたと思う?」
「……」

 その問いに、俺は一瞬口を噤む。
 正直、佐伯以前の問題だ。こいつは、もうその前から色んなヤツと関係をもっている。弥一とでさえ、既に何回も肉体を交わらせているんだ。その事を今言うつもりはないが、俺は真っ直ぐ俺を見つめる悠生の目が不安で揺れているのを見て、思わず笑ってしまった。

「綾太?」
「わり。あんまりにお前が子犬の様な目で見てくるから、つい」
「ひどっ」
「俺は、してないと思う」
「――!」

 俺の言葉に、悠生が目を見開いた。

「昔のお前がいくらヤリチンで最低最悪だったとしても、俺は気にしない」
「……気にしないの?」
「ウソ、気にはする。けど、たぶん佐伯と身体の関係をもったら、もう戻れないってお前は思ってたんじゃないかな」
「……」
「自分が最低だと分かってても、お前は心の何処かで佐伯をこれ以上傷つけない為にも、越えてはいけない境界を越えなかったんじゃないか?」

 まあ、これはあくまで俺の考えだけど。それでも悠生が佐伯と肉体関係をもったら、もしかしたら結末は違っていたかもしれない。そう、それこそ今ここに悠生は居らず、佐伯の傍に居るようになってたかもしれない。良くも悪くも、アイツにはそれだけの影響力があったんだと、俺は思ってる。

「俺を、許してくれるの……?」
「オイオイ。答えは教えてくんねぇのかよ」
「……してないよ」
「ならいいじゃん。それで」

 今にも泣きそうな悠生の頭を撫でて、俺は笑った。

「言っただろ昼間。俺は、お前が俺を想ってくれた時間を嘘だとは思わないって」
「……っ。うん、言った」
「なんだよ、もしかして、俺がその話聞いて別れるとでもいうと思ったの?」
「思ったよ。すげー怖かった」

 そう言って悠生は鼻を啜った。そして少し顔を俯かせる。

「俺、踏み止まったんだ。何度も抱いてくれって言われたけど、それでも、それだけは出来なかったんだ。そのせいで、亮太はきっと酷く傷ついたと思う。亮太の何もかもを、俺は踏みにじった」

 そう、お前はたくさんの人を傷つけてしまった。それは、俺だって同じだ。俺の行動や言葉で、色んなヤツらを傷付けた。

「うん。だから償ってくんだろ?」
「――!」
「許しを請う相手は俺じゃない。一緒に、償ってこう」

 泣きそうな面で笑う悠生は、俺の額に軽くキスを落とすと、「うん」と頷き、綺麗に笑った。その頬を擦りながら、俺はすっかり冷めてしまってる悠生の身体が気になった。

「お前身体冷たいじゃん。結構話長かったしな……もっかい風呂で温まって――」

 そこまで言って、俺は悠生に肩を押されベッドに沈み込む。
 その上に悠生が乗っかり、俺を見下ろしてくる。

「大丈夫」
「え、なに、が」

 あれ?ちょっと今の今までの少し暗くて、でもいい話で纏まったね感はどうした。
 先程まで泣きそうだった面は何処へ行ったのか、俺を見下ろす男の目は、冷めた身体とは違い熱っぽい。思わず冷や汗がでる。


「これから、温めてもらうから」
「え、あの、悠生さん?」
「――綾太」


 さっき脱がしてって言ったの誰だ。あ、俺だ。
 俺が固まっているのをいいことに、悠生は俺の服に手を掛けた。そして、とびきり極上の笑みを浮かべて言った。


「こんな俺を好きになってくれて、ありがとう」


 今この場面で、その言葉はズルい。何も文句も言えねぇよ。
 俺は答えだと言わんばかりに、悠生の身体を抱き寄せた。


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