親衛隊隊長を代行します | ナノ
4

 それから俺と悠生は街の色々な所を見て回った。俺の好きなブランドの本店とか、悠生がいつも服を買いに行く店とか、ゲーセンとか、何てことない、普通に友人同士で遊ぶような時間を過ごした。

「明日はどうしよっか。新しく出来た水族館にでも行ってみる?」
「つかさっきメッチャ並んでたラーメン屋あったよな。俺、アレ食べてみてー」
「ラーメン屋……俺、入ったことないな」

 悠生がゲーセンは行った事あると聞いた時は驚いたが、まさかラーメン屋には行った事がないとは。改めて悠生との生活の差を感じる。そもそも選ぶ店のチョイスが値段からして違うからな。でもそこで引け目を感じたりしない。お互い自分たちが過ごしてきた世界を知ってもらうのは結構楽しいことだと、今日一日過ごして感じたことだ。

「お前、ラーメン屋行ったことないなんて人生の半分損してるぞ」
「そう?俺としては綾太に出逢えたことでもう半分以上の運を使っただろうから、此処は是非とも運気回復しとかなきゃなー」
「俺と出逢うだけで半分とか、大袈裟すぎだろ」

 そう言うが、再び俺達が出逢ったのは奇跡に近い。確かに運を使い果たしていても不思議じゃないかも。

「そんな事ないよ。それにもう半分は、綾太と過ごしていく為にとっておきたいから」
「――!」
「ま、勿論運にだけ頼るつもりはないけどねぇ」

 フフッと口元を緩めた悠生に、俺も釣られて笑う。当然だ。俺も、もう神様に祈ってばかりは止める。あの時俺の願いを汲んでくれた神様には本当に感謝してる。だから此処からは俺だけの力で、この絆を繋ぎ止めて見せる。

「さてと、それじゃあホテルに行く?それともこの辺で何か食べてく?」

 その言葉に時計を見ると、もう夕食には良い時間だった。けど、俺今正直腹減ってないんだよな。うーんと唸り声をあげて悩む俺を、悠生が不思議そうに見つめる。

「どうしたの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「お腹空いてないの?」
「お、おう」
「どうして?さっき食べ過ぎた?」

 理由を聞かれるのは恥ずかしく、思わず顔を背けてしまう。けど、このまま黙ってても悠生を心配させるだけだ。俺はもごもごと小さな声で空腹感がない理由を述べた。

「緊張、してっから」
「え……」
「夜になってきたら急に緊張がだなっ」

 恥ずかしさを堪えて言ったのに、悠生からの返事がない。どう言う仕打ちだと悠生の顔を見ると、悠生は何とも形容しがたい表情をしていた。照れてるのか、怒ってるのか、それとも笑っているのか。思わず俺も、ん?と首を傾げてしまう。

「何その顔」
「いやー……もうホント。堪んない」
「え?」
「あんまり可愛いこと言うから、今すぐにでも此処でドロドロになるまでキスしたいけど、綾太は嫌がるだろうなーとか、そんな事考える自分余裕ねぇなーとか思ってさ」

 それでその顔ってか。

「お前、そんな恥ずかしいことよく言えるな」
「綾太には負けるよ」
「何だと!」
「ね、お互いお腹空いてない訳だし、もう行こうか」
「っ、え?ど、どこに?」
「……聞いちゃう?それ」

 急に妖しげな雰囲気を醸し出した悠生が指を俺の手に絡めて来た。俺の手を指で撫でるその仕草はまるで誘っているかのようだ。いや、つか誘われてんだな。そう考えると再び心臓が大きく脈打ちだす。ドクドクと、悠生に聞こえてしまうんじゃないかと思ってしまう位、大きく。
 俺は敢えて口には出さず、悠生の手をしっかり握り返し、小さく頷いた。


「大丈夫」
「――!」
「優しくする。だから、ゆっくり時間をかけて綾太を愛させて」
「おまっ」


 余裕のある表情で俺に微笑む悠生に、俺は言い返すことも出来ず、俺の手を引いて歩き出した悠生の後ろについて行く。分かってるけど、やっぱりコイツこう言う事に慣れてんだなと思うと、少しだけ、ほんの少しだけ昔の悠生の姿を知りたくなった。
 でも、それ以上追及しないのは、余裕ぶる表情を見せるこの男の手が、少し震えているから。きっと、自分でも思ってるんじゃないかな。柄にもなく緊張してるのが、俺にも伝わったよ。





 だからと言って俺の緊張が解けるかと言うと、それとこれとは話が別だ。悠生が緊張していようと、俺は俺で緊張しっぱなしだ。しかもそれは、悠生が風呂に向った今ピークに差し掛かろうとしていた。借りて来た猫のようにベッドの端に座り拳を握る俺は、聞こえて来たシャワーの音に肩を揺らした。

(ッ、だ、駄目だ!マジで、口から何か出そう!)

 一人テンパる俺は、いつの間にか握っていた携帯電話を見て、ある人物の顔がすぐに浮かんだ。そして躊躇うことなくそいつへと電話を掛ける。そしてコール音を数回聞いた後、その音が止み、向こうから「もしもし」と声が聞こえて来た。俺はその声に向って叫んだ。


「や、弥一ぃぃ!どうしようッ、俺、口から内臓と言う内臓全部出そう!」
《いきなり電話してきて最初の言葉がそれってどう言うこと!》
「だっ、だって」
《て言うかお前、今日悠生様とのデートの日でしょ!?何で僕に電話掛けてくるわけ?》


 緊張を紛らわすためにはもう弥一と話すしかないと思った俺は、弥一に電話した訳だが、電話の向こうの弥一は少し怒っているようだった。

「緊張が……凄くて……死にそうだったらから……」
《は?死にそうって、大丈夫なの?》

 かと思いきや、俺を案じる様な弥一。お前ホント良いヤツだよな。あ、何かマジで緊張が少し解けて来たかも。

「つか、そうだよな。悪ぃ、俺、テンパってて」
《テンパるって、一体何してるの》
「え?あ、いや……その」
《……成る程ね。悠生様がシャワー浴びて戻って来るのを、ただ馬鹿みたいに待ってる訳ね》
「ッ、なんで!?」

 どうして分かるんだこいつ、エスパーか!

《あのね、今回のお前とのデートを誰よりも楽しみにしていた悠生様は、かなり綿密に今回のデートプランをたてていた》
「え?」
《んで、僕もそんな悠生様のお手伝いをしていたから、今日お前たちが何処で何をするか。そして夜ナニするかも知ってるから》
「な、なな、ナニ!?」
《て言うか、今から悠生様と寝るって時に何呑気に僕に電話掛けて来てるんだよ!デリカシーのカケラもないヤツだな!》
 
 それに関してはぐうの音も出ない。

「確かに……弥一だったら何でも話せるし、俺の緊張も解けると思って掛けちゃったけど、悠生にも弥一にも悪いよな。ごめん」
《ッ、べ、別に!お前のデリカシーがないのは最初から知ってるし、今更迷惑の一つや二つ掛けられたってどうってことないんだよ!》
「酷い言い様だなオイ」
《いいからボサッとしてないで、穴の三つや四つ解しとくとか何とかしてなよ!》
「いや俺穴そんなねぇから!つかデリカシーないのはお前もだろ!」

 ギャーギャーと電話越しに言い争う俺と弥一。緊張を解す為に弥一と話したいと思ったけど、それ以上の効果だよホント。思わず吹き出し笑う俺に、電話越しの弥一も可笑しそうに笑う声が聞こえた。
 俺はそのままベッドに寝転がり、天井を仰いだ。

「なあ弥一」
《なに》
「お前は、俺と悠生が付き合うことになって本当に良かったのか?」
《……》
「お前は俺と悠生の為に、誰よりも、俺達よりも一生懸命になってくれた。けど、本当にそれで良かったのか?」

 ずっと、聞きたかったけど聞けなかった事。電話越しに聞くのは少し卑怯かな。でも、顔を合わせて話してしまうと、きっと俺はまた情けなくも取り乱したりしちゃいそうだから。

《……良かったよ》
「そっか」
《もちろん悲しさ、寂しさはある。でも、僕が愛した二人の為に走ったことを後悔したりはしないよ》
「え?今なんて……」
《それに、こんな僕を支えようとしてくれる人も居るしね!》

 え?え?と弥一の言葉に混乱してる俺に構わず、弥一は電話越しに笑ってる。

「おま、今愛した二人って……え?いや、つか支えてくれる人って誰だ!?どんな奴だ!」
《何急に》
「どこのどんなヤツだ!」
《お前は僕の父親か》
「そんな何処の馬の骨か知らないヤツに、大事な弥一はやれん!」
《大丈夫。素性は知れてるから。きっと、お前も頷いてくれるよ》

 だから、またね。
 そう言って弥一は一方的に電話を切った。

「あっ、この……今度、詳しく聞いてやる!」
「何を聞くの?」
「――!」

 後ろから声を掛けられ、ドキンと心臓が跳ね上がる。恐る恐る後ろを振り返ると、腰にタオルを巻いただけの悠生が立っていた。湯船に浸かったのか、引き締まった逞しい肉体からは湯気が出ている。
 思えば、俺はこうして悠生の身体を見たことはなかったかもしれない。男の身体とか別に部活でも見慣れてるし意識した事ないのに、こいつを見るだけでまるで乙女のように胸が高鳴ってしまう。

「はは、は」
「は?」
「入って来る!俺、風呂!」
「なんで倒置法?」

 くそー!折角緊張解いたのに、最初からしくじったー!
 悠生の笑い声を耳にしながら、俺は一目散に脱衣所へと駆けこんでいった。


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