親衛隊隊長を代行します | ナノ
3

 悠生に連れられやって来た店で、個室に案内された俺達は、注文を済ませ一息ついた。赤くなった顔を冷まそうとしているのか、水を勢いよく飲む悠生。そんな悠生を眺めながら、俺は静かに決意を固めていた。
 どうしても、俺は悠生に告げなければいけないことがある。俺は意を決して悠生に言った。


「あのさ、俺、留年することになった」


 その言葉に悠生は目を丸くし、そしてそのまま目を伏せた。何を思っているのだろうか、その表情は少し硬い。

「そっか……」
「そりゃ半年も病院で寝てたんだから仕方ないよな。それに、たぶん前のように空手を続けることも出来ないと思う」
「……!な、何か後遺症でもあるの!?」
「いや、幸いそれは残らなかった。けど、今から前の様な筋力を戻していくのは時間が掛かる。自分でも実感してる。大分筋肉落ちちまった」

 ニカッと笑う俺に反し、悠生は暗い表情のままだ。

「お前がそんな顔すんなよ」
「でも……」
「いいんだ。空手は高校までって決めてたし、それに全国も経験できた。俺としては満足いってる」
「綾太……」
「それに、丁度金も欲しいと思ってたんだ。バイトでも始めようかと思って」

 そう、新たな目標の為に、俺は此処から進んでいこうと思う。少し回り道になってしまうけど、それでも大事な目標だ。

「そんなにお金が必要なの?」
「ああ」
「何か欲しいものがあるなら……」
「悠生」

 悠生の言葉を遮った俺は、そのまま向かいに座る悠生の手を握った。

「俺、正直遠距離とか自信ない」
「――!」
「お前は今日みたいにすぐに会いに来れる足があるけど、俺にはない」

 俺にはお前みたいな財力はない。だから車を出してもらうことも、お前が居る町まで会いに行くこともままならない。

「なら俺がその分会いに……!」

 身を乗り出す悠生を手で制し、俺は笑みを浮かべた。

「でも俺も欲張りでね。自分からお前に会いに行きたいんだ」
「綾太……」
「だから、直ぐお前に会いに行けるだけのお金は確保しておきたい。それは、お前の手を借りるんじゃなくて、自分の力でやらなきゃいけないことだ」

 だから、お金を貯めたい。単純な理由だろ。

「んで、将来俺も上京したら、いつでもお前に会えるだろ?」
「え?そ、それって!」
「留年したからまだ先の話だけど、大学はこっちに来れたらって思ってる」

 それは、此処は最近ずっと考えていたことだった。留年になることを聞かされ、俺は自分に何ができるかを必死で考えた。そして、決して楽ではない悠生と歩く道。今俺の頭で考えられるのはこれ位しかない。

「でも、俺がお荷物になるようだったらいつでも言ってくれよ。結構重い考えかもしれないし、ただでさえ身分の違いあるのにさ……」
「――綾太」

 顔を俯かせていると、今度は悠生の手が俺の手の上に重ねられる。ギュッと強く握られ、俺は勢いよく顔を上げた。強い視線で俺を見据える悠生と目が合った。

「それ以上言わないで。怒るよ」
「なっ」
「俺、綾太との身分の差とか感じたことない。寧ろ俺は親の金を使って好き勝手してるのに、自分の力でどうにかしようとする綾太の方が凄いし、尊敬できる」
「悠生……」
「俺、嬉しいよ。綾太が俺に会いたいって思ってくれることも、将来のことまで考えてくれてることもね」

 そう言って笑う悠生に、俺も釣られて笑った。

「重いなんて思わない。寧ろ俺の愛の方が重いからね正直」
「ははっ、ホントかよ」
「ホントホント」

 きっと、俺のこのマイナス思考は、悠生と付き合って行く以上ずっとついて回るだろう。だってこんなに人間としての出来が違うんだ。でも、それでも悠生は構わずこうして手を引いてくれる。俺の不安を、一つ一つ取り除いてくれるんだ。

「だから、何処にも行かないで」
「――!」
「もう二度と、俺の前から消えないで」

 絶対に、約束だよ。
 そう言って、悠生は繋いだ手に静かに口付けをした。まるで誓いの様なキスに、俺は恍惚として悠生を見つめる。


「悠生……」
「綾太」
「――お待たせしました。ご注文の品です」


 突然現れた第三者に、俺は光の速さで悠生と繋いでいた手を離した。そうだ、此処店の中じゃん。いくら個室とは言え、店の人は料理を運んでくる。一気に恥ずかしさが込み上げてくるが、お店の人はプライベートなことに踏み込んでは来ず、注文した料理を置いてさっさと部屋から出て行った。

「うあぁぁ……やべー、恥ず。俺今日恥ずかしいことばっかしてるっ」
「俺は別に構わなかったのに」

 今度は俺が顔を赤くし、それを見て悠生が嬉しそうに笑っている。
 くそー、余裕ぶりやがって!


「綾太」


 今度は俺が水を煽る様に飲んでいると、悠生が静かに俺を呼んだ。その表情は穏やかに見えるけど、何処か憂いを含んでいる様にも感じられた。

「なんだよ」
「俺も、綾太に言わなきゃいけないこと、あるんだ」

 その言葉に、俺は何となく悠生の言おうとしてることが分かった。と言うか、俺がずっと聞きたかったことでもあるから。


「うん。でも、料理が冷める。だから、その話は後で……そうだな、今日の夜聞くわ」
「……分かった」
「心配すんな」

 少し不安な表情を浮かべた悠生に、俺は声を掛けた。
 だってそうだろ。お前が俺を想ってくれた時間を、嘘だなんて思ったりしないから。だから大丈夫。俺の知らない、お前の過ごした時間を、あとでゆっくり聞かせてくれ。
 そう言った俺の言葉に、悠生は安心したように笑った。


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