親衛隊隊長を代行します | ナノ
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「ついた」

 そう言って、ようやく長いドライブの旅が終わった。俺は悠生に手を引かれるがままに車から降りる。そして目の前に聳え立つドデカいホテルを見上げた。思わずひょえーと間抜けな声が漏れる位デカい。

「すげー……さすが都会。こんなでけーホテル、俺の田舎にはねぇな」

 素直に感想を述べる俺を見て、悠生は目をパチクリと瞬かせると、ブフッと盛大に吹き出した。コイツ今日、俺を見て吹き出すこと多くねぇか?

「なんだよ!」
「だって綾太、今日此処に泊まるんだよ?」
「……え?」
「こんなので一々驚いてたら疲れちゃうよ?それに金城よりは小さいと思うけど」

 なんて事を平然とした顔で言ってのける悠生を、俺は間抜けな顔で見つめ返してしまう。いやいや、待て。今なんて言った?今日、此処に、泊まる?

「い、いや!無理だって!俺そんな金ねぇよ!」
「……お金?いらないよ」

 いやいや、何でそんな不思議そうな顔してる訳?可笑しいでしょ。寧ろ何でこんな見るからに高そうな所に泊まろうと思った訳?

「いらないって、そんな訳には……!」
「此処、藤島で経営してるホテルだから気にしないで」
「……あい?」
「それにもう、最上階予約しちゃったし。まあ綾太が嫌なら、俺の家でも良いんだけど」

 待て待て。もう色々言われ過ぎて、俺頭こんがらがって来た。ええ、つかマジか。確かに金城学園は金持ち学校とは聞いたけど、まさか此処までの坊ちゃんだとは思ってもいなかったと言うか何と言うか。

「つか、お前んちはちょっと、パス!」
「なんで?」
「は、恥ずかしいから」

 いや、恥ずかしがる必要なんてないのは分かってるんだけど、それでもたぶん、家族の人を目の前にしたら、きっと俺は緊張でまともな挨拶も出来なくなる。だから今はまだ駄目だ。

「家族ならいないから、安心していーのに」
「え?」
「あの人達が居た例ないし、それに居たとしても会わせる気ない」

 そう言ってホテルを見上げる悠生の横顔を、俺はそっと見上げた。悠生は家族を『あの人達』と冷めた言い方で括った。酷く冷めた声色で。今まで俺は悠生の家族の話に触れたことはなかったけど、もしかしたらこんなにお金持ちなんだ。結構苦労したりもしてきたんじゃないか?

「あ。勿論、綾太を紹介したくないとかじゃないからね!?」
「うん、分かってる」
「……そ、そう?」

 慌てた悠生が面白くて、思わずクスリと笑ってしまう。そして俺は繋がれた手を、更にギュッと握った。

「綾太?」
「ホントにいいのか?こんな貧乏人が此処の最上階とかに泊まっても。得しないぞ」
「……!うん!全然!」
「なら、此処に泊まらしてもらう」

 俺が笑ってそう言うと、悠生がグッと反対の手でガッツポーズした。そんなに喜ぶことじゃなくね?悠生らしからぬ行動に、思わず笑う。

「何やってんだよ」
「……だって、綾太覚えてる?俺が言ったこと」
「え?」
「あの夜、俺言ったよね」

 少し頬を赤く染めた悠生が、真剣な眼差しで俺を見つめる。俺は一瞬何のことか分からず首を傾げた。けど、あの日の夜、悠生が言った事を一つ一つ思い出してハッとした。


『――俺、綾太にもっと触りたい』


 カッと顔に熱が一瞬で集まった。
 それは悠生にもバレて、俺の赤い顔を見た悠生は薄く微笑んだ。

「手が早いって、軽蔑する?」
「え、あ、いやっ」
「でも、綾太を想う時間が長すぎて、もう俺我慢出来そうにないんだ」

 ごめんね?と困り顔で笑う悠生に、俺は勢いよく首を振る。そして緊張でカラカラになった口から、何とか声を絞り出す。

「…………くして」
「え?」
「ッ、だから!」

 俺の声が聞こえなかったようで、悠生が無情にも聞き返してくる。本人に悪気はないとしても、もう一度言わなきゃいけない俺としては恥ずかしい。半ばやけくそになりながら、俺は悠生に言った。

「初めてだから!優しくしてくれ!」
「――!」

 言った!声を大にして!これは流石に聞こえただろうと満足げになっていると、フと周りから視線を感じる。視線を感じた方を見れば、偶々俺の発言を聞いたであろう通行人が目を丸くしながら、俺達の横を通り抜ける。何だその顔はと思わず怪訝な顔をするが、俺は一つ見落としていた。

「ッ……!」

 俺は今現在悠生と手を握っている。そして此処はホテルの前。何より俺の台詞。この三拍子が揃っている状態で俺達を見たら、そりゃ道行く人、俺達を二度見してくわな。俺としては、そう言うことに慣れている悠生に対して、俺は初心者だから用心してくれの意味で言ったんだけど、どう考えても外で大きな声で言う台詞じゃなかったなこれ!やべー恥ず!
 今更悠生の手を離すに離せない俺は、周りから感じる視線を俯きながら受け止めていた。しかし急に強い力で手を引かれ、その場から歩き出すこととなった。一瞬躓きそうになりながらも、俺は前を向いた。俺の手を引いて前を歩く悠生の背中をぼんやり眺めていると、悠生から声が掛かった。


「思ったより渋滞に巻き込まれたから、もうお腹すいたでしょ?いい店あるから、先食べに行こ」
「お、おお」


 ホテルの前から離れたお蔭で視線を感じることはなくなった。きっと、悠生も視線に気づいて態々移動してくれたんだ。そう思って感謝すると同時に、悠生の髪から覗く真っ赤な耳を見て、俺は後ろで小さく笑った。


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