親衛隊隊長を代行します | ナノ
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 俺は現在、猛烈に緊張している。
 只今の時刻、朝の七時。俺以外の家族は皆忙しそうに朝の支度に追われていた。いや、まあ俺も忙しいけどね。さっきから何度も鏡の前で髪型をチェックしては、ソワソワと窓の外を眺める。その度に、母からはまるでデート前の女の子ねと笑われてしまう始末だ。けど、強ち間違ってはない。何たって今日は土曜日。

(――土曜日、朝九時に綾太の家に行くから)

 そう、悠生とのデートの日だ。





 家のチャイムが鳴ったのは、時計の針が朝の八時五十分を指した頃のことだ。
 待ちに待ったその音に、俺は母が出るよりも先に、自分の部屋から飛び出して玄関に向かった。しかし母の行動も早く、俺が階段を下りきる前に既に扉を開けていた。

「あら?貴方が綾太のお友達?」
「はい。藤島悠生と言います。宜しくお願いします」

 階段を下りきった所で思わず脱力してしまう。何となく、母親と悠生を会わせるのには気恥ずかしさがあったから。まあ、間に合わなかったのなら仕方ない。きっと俺の母親ってことで、いつも以上に人の良い笑みを浮かべているであろう悠生を少し揶揄ってやろう。
 緊張を紛らわす為もあり、俺は意気揚々と母が話している人物の前に顔を出した。


「よ、よお。おは――ッ!?」
「ああ、おはよ綾太」


 気軽に、爽やかにを目指した俺の挨拶は見事に失敗に終わり、俺は石のように固まる羽目になった。俺の目の前に立つ男、確かに藤島悠生だ。けど、服装や髪型がいつもより違うだけでこんなに変わるものか?元々の格好良さに磨きがかかって眩しい位だ。

「まさか綾太にこんな格好いい友達が居たなんて……モデルさんかしら?」
「いえ。俺の方こそ、綾太君には親しくさせて頂いています。あ、そうだこれ」

 良かったら食べて下さい、と言って悠生が母に紙袋を渡した。母は受け取った紙袋を見てかなり驚いていた。けど俺も驚いた。これ、有名な洋菓子店のマークじゃん。マジで?だって此処のお菓子買うだけでも何時間も待たされるってテレビで見たことあるぜ。

「こんな高価なもの……」
「俺の気持ちです。それに、今日大事な息子さんをお借りするので」
「……!」

 そう言って俺の腕をやんわり掴んだ悠生は、用意できた?と俺に問い掛けて来た。俺は未だに身体の硬直がとれず、コクコクと首を縦に振るのがやっとだった。

「明日の夜に、必ず送り届けます。帰る前に連絡するようにしますので、ご心配なさらずに」
「ありがとう。綾太も迷惑かけないようにね?」
「わ、かってる。ちょっと行ってくるわ」

 少し心配そうな母に手を上げて、心配ないとアピールする。此処最近はずっとこうだ。俺が出掛ける度に、玄関まで見送ってくれるようになった。それほど心配を掛けたんだと分かってはいるが、いつまでこのままじゃ申し訳ないな。
 そんな事を思いながら、俺は悠生に連れられるまま、家の前に止めてあった高級車に乗り込んだ。乗り込んで悠生が「出して」と運転手さんに伝えると、車は静かに動き出した。

「あ、あー……その、おはよ」

 急にまた緊張がぶり返してきて、俺はさっき挨拶したにも関わらずまた隣の悠生に挨拶してしまう。馬鹿か俺はと気付いた時には遅く、悠生は目を丸くして俺を見たと思ったら、ブフッと盛大に吹き出した。

「クソッ、笑うな!」
「だ、だって綾太……きんちょーしてんの?」
「し、してねぇよ別に」

 因みに嘘である。滅茶苦茶してます。
 勿論それは悠生にも分かっているようで、笑ってはいるが敢えてそれ以上追及はしてこなかった。そんな悠生をチラリと横目で見た俺は、やっぱりいつも以上に輝いている悠生を見て、思わずそのまま感想を述べた。

「……なんか今日、カッコいいよな。つか、髪切った?お前、この間そんな髪短くなかったよな?前結んだり、ピン留めてたりしてたけど、今はそれも出来ない位短そうだし」

 そう言って何気なく悠生の横髪を触ると、悠生は何処となく照れた様に俺の手を掴んだ。

「似合う?それとも、前の方が綾太の好みだった?」
「……?いや、俺は別にどっちも好きだよ。お前は何でも似合うから羨ましい」
「ハハッ。なんか今日、綾太すげー積極的」
「え?」
「そんなに褒めてくれるなんて思わなかったから、すげぇ嬉しい」

 ヘラッと笑う悠生の顔を眺めつつ、今の言葉を頭の中で反芻させる。そして俺は、自分がいかに普段口にしないことを口にしたのか思い知り、一気に顔面に熱が集中した。

「あっ、その、今のはだなッ」
「りょーた」
「うわっ」

 何とか弁解をと思った俺に構わず、悠生は酷く幸せそうな笑みを浮かべながら、俺の肩を抱き寄せた。そのままコテンと俺の頭に、悠生の頬が乗っかる。運転手さんがいくら寛容と言えど、やはり人目があるところでこんなに密着するのは恥ずかしい。

「お、おい悠生っ」
「今日は色々見て回ろうね」

 穏やかで優しい声が、俺の耳に入って来た。俺は離れろと言う言葉を呑み込み、ジワジワと伝わってくる悠生の体温を傍で感じていた。トクトクと、心臓が心地いいリズムを刻む。口には出さないけど、やべーな。ちょー幸せだ、俺。
 このまま時間が止まればいいのになんて、ガラにもなく思ってしまう程。


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