親衛隊隊長を代行します | ナノ
16


「俺を、連れてくってことか?」

 一度目は見逃す。けど、二度目はない。つまりはそう言うことだろう。
 険しい顔の俺達に対し、岩槻は不敵な笑みを浮かべたまま俺の傍までやって来ると、クルリと俺に背を向け、警備員達に向き直った。

「では、こいつの身柄は風紀委員が引き取ります」
「なっ、岩槻君!?」

 岩槻の言葉に驚いたのは警備員達だけではなく、悠生や樹も同じように驚いた顔をしていた。その言葉の真意が分からず首を傾げているのは俺だけだ。だが岩槻はそんな俺に構わず、警備員達に言葉を投げ掛ける。

「学園内に他者の侵入を許したと知れれば、まあ罰は免れませんよね?」
「ッ、そ、それは……」
「俺が捕らえて、風紀の案件として学園に報告した方が、皆様の為にはいいと思いますが?」

 笑みを深めて、何処となく威圧的に話す岩槻に気圧されたのか、それとも学園側からの処罰が怖いのか、警備員たちは揃って顔を蒼くさせた。

「で、ではこの件は岩槻君に任せてもいいんだね?」
「ええ。こちらで対処しますよ」

 お前誰と言いたくなるような岩槻の態度を見る俺達に気付かず、警備員達は安心した様な顔つきに戻って行く。そして本当に岩槻に任せていくのか、大勢来た警備員達は屋上から出て行こうとする。

「おいおい……」

 そんな簡単でいいのか?いや、侵入した俺が言うのもなんだけど、一生徒に任せすぎだろ大人。そして誰一人として俺を捕らえようとする警備員は居らず、皆が屋上を出て行くと同時に、岩槻が盛大な溜息を吐いた。


「ばーか。学園に報告しない訳ないだろ。んな世の中甘くねぇんだよ」


 ベッと舌を出してあくどい笑みを浮かべる岩槻に、今度は俺が溜息を吐く。

「いいのか。あんな嘘言って」
「侵入される様なザルな警備する方が悪い。これを機に学園の警備をもっと厳重にしてくれれば、風紀の乱れも少しは減るだろ」
「お前から風紀と言う言葉を聞くと、俺は風紀と言う言葉の意味を辞典で調べたくなるわ」
「んだとこのー」

 ゴツッと額をグーで小突かれ、俺は思わず笑ってしまう。そして、さっきは急いでてちゃんと言えなかった言葉を、今度は向かい合ってしっかりと口にした。


「ありがとう岩槻」
「……まあ、これに関してはアイツに感謝すべきだな」
「え?」
「そろそろ来る頃じゃねぇかな?」


 そう言って岩槻は徐に携帯を確認し、そして屋上の扉へ視線を移す。釣られてそちらを見ると、丁度ゆっくりと扉が開いた。

「お前を助けろって、煩くてな」

 そして、そこから顔を出した人物を見て、俺の身体は勝手に走り出していた。


「――弥一!」
「綾太!」


 走って飛びついて来た俺を、弥一が両手を広げて迎えてくれた。さっきまで一緒に居た筈なのに、すげぇ久々な気分。

「無事でよかった……怪我は?何もされてねぇか?」
「うん。警備の人達に捕まった後、岩槻様が僕の所に来て自由にしてくれたから」

 その言葉に岩槻を振り返ると、岩槻は何処となく照れた様子でそっぽを向いていた。お前、やることが一々カッコよすぎだろ。

「それじゃあ岩槻達が此処に来たのって……」
「うん。食堂で騒動が遭ったのは聞いたから、その後綾太ならどこ行くか考えたら、此処しか浮かばなくて」

 悠生にもだったけど、俺の思考回路は悠生と弥一にはお見通しって訳か。思わず照れ笑いしていると、フッと俺達の傍に誰かが立った。

「悠生」
「悠生様……」

 弥一が、掠れた声で悠生の名前を呼ぶ。きっと不安なんだ。一体どの位の間、二人は話していないのだろう。色々あったと聞いたけど、俺がそんな二人の間に入って話してもいいのだろうか。そんな事を考えたら何だか俺まで不安になってきた。


「あ、のさ、悠せ――」


 取り敢えずこの空気をどうにかしたい。その一心で悠生の名前を口にしようとした。
 けど言えなかった。何故なら、その前に悠生が俺達二人を抱き締めたから。抱き合う俺達を更に包み込む様にして被さる悠生は、小さく「三鷹くん」と呼んだ。


「なん……」
「――ごめん」


 悠生の言葉に、弥一が声も出せず息詰ったのが分かった。けどその言葉に続けて、悠生が言葉を紡いでいく。


「それと、ありがとう」
「――!」
「綾太を俺の元へ連れて来てくれて、本当に感謝してもしきれない」
「悠生様……っ」
「たくさん傷つけてごめん。泣かせてごめん。不安にさせて、心配させたね。でもそれ以上に言わせて欲しい」


 弥一も悠生も、そしてそれを聞いている俺も、揃って目から涙が溢れていた。周りで見てる樹や岩槻はそんな俺達をきっとやれやれと言わんばかりの顔で見ているだろうに。でも、止まらないよ。溢れる想いが、涙と一緒に零れ出てるんだから。


「――俺は今、すっごく幸せだよ」
「ッ、本当、ですか?」
「うん」
「綾、太はっ?」
「俺も、最高の気分」


 大きな瞳から大粒の涙を零す弥一は、俺達の言葉にワッと声を上げて泣いた。俺と悠生は、そんな弥一を安心させるために、ギュッとその小さな身体を抱き締めた。こいつの存在が、どれほど俺と悠生を救って、そして繋いでくれたのか。言葉ではとてもじゃないけど言い表せられないぐらい、深く感謝してる。


「ホントに、二人とも幸せ?」


 その弥一の言葉に、俺達二人は笑った。何だよ疑り深いな。幸せじゃない要素なんて何処にもない。これは、紛れもないお前がもたらしてくれた幸福だ。


「お前の友達一号と二号がこう言ってんだ。信じろよ」


 その言葉に弥一は感極まったのか、また声を上げて泣いた。
 まるで繰り返しのようなやり取りに、俺も悠生も、そして岩槻や樹も声を上げて笑った。


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