12
お互いどれだけ泣いていたのか分からない。
冷たい風に吹かれて、それでもこんな傍でお前の温かさを感じて。俺は今でも夢を見ているんじゃないかと疑ってしまうよ。だから、確かめる様に言葉にした。声も震えて、情けない顔してるけど、それでも信じてみたくなって。
「……俺、お前を諦めなくてもいいの、かな?」
そう言葉にした俺の顔を、顔を上げた悠生が間近で見つめる。綺麗な瞳からは俺と同じで涙が止まらず溢れて来ているけど、揺れる俺の視界でも分かった。今、悠生は綺麗に笑ってる。
「うん。諦めないで」
そして、優しく、甘い声で悠生は囁く。
「俺も、絶対諦めないから」
酷く優しいその言葉と共に、静かに口付けが落とされた。
*
二人の呼吸も落ち着き、少しの間抱き合った後、俺は悠生の胸に頭を預けながらゆっくりと話し始めた。
「弥一が、俺を此処に連れて来てくれたんだ」
俺の言葉に、悠生が驚いたのが分かった。そして、「そっか……」と一言呟いた。けど、その声が何処となく嬉しそうに聞こえたのは、きっと俺の気のせいではない筈だ。
「――なあ、どうして俺の居場所が分かったんだ?」
少し不思議に感じた疑問。この広い校舎の中、よく俺が居る場所を短期間で捜せたもんだ。そんな俺の質問に悠生は一瞬考える素振りを見せ、そしてフッと笑みを零した。
「勘、かな」
「勘?」
「うん。綾太なら、此処に居るかなって、そう思ったんだ」
何の根拠もなかったけど、それでも俺が居る様な気がして走ったと言う悠生は、俺を抱き締める腕に更に力を込めた。その身体が少し震えているのに気付き、俺は悠生を見上げた。
「悠、生?」
「本当に、嘘じゃないんだよね……」
「え?」
「これは、俺の都合のいい夢じゃないんだよね?」
不安げにそう呟いた悠生の目は、やはり何処か不安そうな目をしていた。
「また、俺の傍から消えたり、しないよね?」
「――!」
「もう俺は……別れの言葉は聞きたくない」
『バイバイ』なんて、綾太の口から聞きたくないよ。
そう涙ながらに話す悠生に、俺は唇を噛んだ。そして少し前の自分の行動が、どれほど悠生を傷付けたのか思い知る。俺は、自分の口で自分の想いを伝えて、それでお別れが出来ればいいと、そう思ってた。けど、それはあくまで自分の為だけだ。俺は悠生の事を何も考えていなかった。だって、悠生が俺の気持ちに応えてくれるなんて、思ってもいなかったから。
「ごめん、悠生……ごめんな……」
少しでも不安が和らげばいいと、俺は悠生の頬に手を当て、少し冷たい肌を撫でた。その手を、悠生がしっかりと掴む。けど、悠生は静かに首を横に振る。
「ん?」
「違う。綾太が謝る必要は無いんだ。謝るのは、寧ろ俺の方」
そう言う悠生の声は何処か重い。何のことかと目を丸くする俺を余所に、悠生はそのまま視線を扉の方へと向ける。釣られてそちらに目をやると、何だか扉の向こうが騒がしい気がする。いや、その騒がしさはどんどん大きくなり、此方に近付いてきている。もしかして警備の人かと思ったけど、悠生は俺の考えが分かったのか、「違うよ」と首を振った。
なら一体、誰が此処に来ていると言うんだ。そう考えた瞬間、悠生が俺から身体を離し、そして立ち上がった。視線だけは、扉から離さず。
「だから、見てて」
「悠生?」
「俺の弱さで、色んな人を傷つけた……そしてもっと、傷つけることになると思う。けど、俺はもう諦めないって誓った。だから、自分で決着をつけるよ」
その言葉を遮る様に扉が開け放たれた。
そして屋上に駆け込んで来た人物を見て、俺は少し胸が痛んだ。
「悠生!」
笑顔で悠生に飛びついたのは、佐伯亮太。そう、今の悠生の恋人だった。
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bkm