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「……それはそうと、昨日は綺麗な右ストレート、どーもありがとー」
「いえいえーそんなお礼を言われる程ではないですよぉ」
<ちょっと!ヘラヘラしてないで早く昨日の事謝ってよ!>
(ぜってーイヤ)
俺も変態もニッコリと笑顔を崩さずに話す。けどお互いの間には火花が散っている。傍で俺達を見る親衛隊の子の顔が青褪めているのがその証拠だ。
「それでぇ?俺に何か用ですかぁ?」
<俺じゃなくて僕!それにその間抜けな喋り方止めて!!>
(誰が間抜けだ!ったく、ホントうるせーなお前)
三鷹がプリプリ怒っているのはさておき、俺はこいつが何で来たのかが疑問だ。だってこいつ、佐伯とか言うヤツの傍、殆ど離れないらしいじゃん。それに親衛隊も無くしたいんだろ。なら自分の隊のトップの三鷹の所に態々来ることなくね?結構学園での支配力あるって言う位だから交渉の余地なく切り捨てればそれで終わりなのに。それとも、三鷹の決死の捨身が効いたか?
「用って言うかぁ、キミほんとーに三鷹くん?」
「……えー何言ってるんですかぁ藤島くん。意味わかんないですってぇ」
「ほら。その藤島くんって呼び方も、俺と会ってから今まで一度もそんな呼び方しなかったよね」
なんだこいつ。無駄に鋭いぞ。
「別に、ちょっと心境に変化があっただけですよぉ」
「へぇ。俺を殴る位の心境の変化ってなんだろーね?」
「それは自分の胸に聞いたらどーですか?」
再び俺と変態との間に激しく火花が散る。と、そこにウェイターさんがやって来た。料理も運んでくれるとか、マジで金持ち学校すげー。俺は腹が減っているのもあり、もうウキウキで皿が置かれるのを待った。しかし、目の前に置かれた皿を見て俺は絶句する。
「な、なんだこれ!?」
「……?Bセットのフレンチトーストですが?」
フ、フレンチトーストだぁ!?まさかの光景にわななく俺を、少し不審そうに見ながら、ウェイターの人は去って行った。でも俺は中々その衝撃から立ち直れない。
「よく朝からそんな甘ったるいもん食えるねぇ」
傍で変態の呆れた声が聞こえた。それは俺の台詞だ。朝からこんな甘いもん食えねぇよ。
(おいこら三鷹。どういう事だ)
<僕、フレンチトースト好きだから。それに可愛いでしょ?僕がフレンチトースト食べる姿が>
この野郎…!
思わず三鷹の身体を殴りたくなったが、今は全ての感覚は俺が引き継いでいるので例え殴った所で自分に返って来るだけだ。三鷹にはこれっぽっちもダメージが行かない。ああくそ!
イライラを抑えるため、ガンッと強くテーブルに頭を打ち付ける。突然の行動に変態も親衛隊の子も驚いて俺を見ていた。と言うか若干引いてる。
<ちょっと!僕の顔に傷が付いたらどうするつもり!?>
(知るかボケ!)
「あ、あの隊長?イヤなら僕が違うの頼みましょうか?」
「え!?」
心の中で三鷹と罵り合っていると、親衛隊の子がおずおずとそう申し出てくれた。その申し出の有難さと言ったらない。俺はキラキラした眼差しをその子に向け、ありがとう!と力一杯叫んだ。
それを見て、再び変態と親衛隊の子が引き気味で俺を見るが気にしない。三鷹のキャラとかこの際どうでもいい。
「じゃ、じゃあ普通に定食か何か――」
「悠生!!」
<こ、この声は…!>
俺の声に誰かが大声を被せて来た。しかも変態の名前を被せて来た。余計腹立つ。おい誰だ。俺の食事の妨げをするやつは!
「リョータ!うん、今日も可愛いねぇ」
「そ、そういうこと軽々しく言うなって!恥ずかしいだろ!」
<ゆ、悠生様…っ>
そう言いながらも満更でもない顔で笑うマリモみたいな頭の男。マリモって言うだけで分かったわ。こいつか、三鷹の言ってた転入生――佐伯亮太って言うのは。三鷹が少し悲しげな声で変態の名前を呼ぶ。まあ俺には関係ないけど。気を取り直して俺は親衛隊の子に話しかけようとした。
「えっと、とりあえずこの定――」
「俺を置いて先行くなよな!」
「うん、ごめん。ちょっと用事あってさぁ」
「用事?てか悠生!その顔どうしたんだよ!?」
今度はちゃんとメニュー表を見て伝えようとした。しかし先程よりも大きな声が被さり、俺のメニュー表を持つ手に力が入る。この際メニュー表がメリッと変な音を立てたのは気のせいにしておく。
「んーちょっとねー。生意気盛りの子猫に引っ掻かれたって感じ?」
「引っ掻かれたっつか殴られてるだろそれ!誰がやったんだそんな酷い事!」
「アハハ―。誰だろーね?」
いやいや、酷いことされて心に傷を負ったの俺だから。俺の傷に比べたら三鷹の軟弱な身体で繰り出したパンチなんてかすり傷みたいなもんだから。
心の中で突っ込みを入れていると、変態の視線がスッと俺に向く。その視線に釣られる様に佐伯の視線も俺に向けられる。瞬間、佐伯が物凄い速さと力で俺の胸倉を掴んだ。自分の身体ならともかく貧弱で軽い三鷹の身体はいとも簡単に佐伯の力に引っ張られ、無理やり席を立たせられる。一瞬首元締まって息止まるかと思ったわ。
三鷹が中で軽い悲鳴を上げたのが聞こえた。けどお前ダメージないだろ。何で叫ぶ。
「お前、悠生の親衛隊隊長だな!お前がやったのか!?」
「ッ……いってぇな。いきなり何すんだよ」
「答えろよ!」
何いきなりキレてんだこいつ。訳わからん。俺がうんともすんとも言わないことに腹を立てたのか、掴んでいた胸倉を押し返した佐伯。思わずよろめきその場に膝をつく。しかし佐伯は、今まで俺たちのやり取りを見ていた親衛隊の子へと顔を向けた。
凄く、嫌な予感がした。
「それともお前か!?」
「ッ、アナタには関係ないでしょう」
「なに!?」
オドオドした態度が一変。親衛隊の子がまん丸の目を吊り上げて佐伯を睨む。何で否定しないんだ、自分じゃないって言えばそれでいいのに。二人のやりとりを見て、俺の身体は考えるよりも先に動き出していた。
何だ、やれば出来るじゃん。この貧弱な身体でも。
「じゃあお前も殴られてみろよ!」
「っ……!」
完全に頭に血がのぼっている佐伯が、親衛隊の子に殴りかかった。ホント何なのこいつ。普通話も聞かずに殴るか?
けど身体が早く反応してくれたお蔭で、佐伯の拳がその子にヒットすることなく、綺麗に二人の間に割って入った俺の顔……て言うか三鷹の顔にヒットした。グラリとぶれる視界。けど歯を食いしばって何とかその場に立っていることが出来た。
て言うかマジこいつ力つえー。少しは加減しろよバカ。
「た、隊長!!」
「な、何だよお前!邪魔すんな!」
泣きそうな声で俺に寄る子をチラリとみる。うん、良かった。取り敢えず無事で。
「リョータ」
「ゆ、悠生…」
「俺の為に怒ってくれたんだよね?ありがと」
すぐ傍で聞こえた佐伯と変態の会話に、殴られた痛みも苛立ちも何もかもが急激に遠のくのが感じられた。
「でも、それで態々リョータが手を痛める必要はないよ?」
俺は、心の中で固まっている三鷹に声を掛けた。
「これで決まりだね。やっぱり親衛隊は解散させる」
「そ、そんな…!」
「当然でしょ。元々そのつもりだったしー?それとも何?また泣きつく?解散させないでって」
「こいつらそんな真似してきたのか!悠生が優しいからってそれにつけ込むなんて!」
「……まあ、リョータの手を煩わせたんだし、土下座でもして泣いて謝れば昨日の事含めて許してあげてもいいけどー?」
「……っ!」
おい、とまた三鷹に声を掛けるが、三鷹は反応を示さない。分かってる。好きなやつにこんな事言われたら、そらショックだよな。だから、俺はあえて口に出す。
「ハハッ、お前、ホント見る目ねぇよ」
俺の言葉に、三鷹がハッとしたのを感じた。だんまりだった俺が突然口にした言葉に、皆驚いている。あーいやだいやだ。口ン中切れてやがる。
血の味が嫌で、思わずペッと外に吐き出す。あ、此処食堂だった。
「た、隊長…?」
「な、なんだよ突然」
「――勝手にしろよ」
え?と変態が声を漏らす。
ああ駄目だ落ち着け。クールにいこう。俺は今にも煮えたぎりそうな腹ン中を落ち着かせ、親衛隊の子に「先行って」と声を掛けた。その子は今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていたが、俺が早くと急かすと、パタパタとその場から走り去った。
「あいつ逃げるぞ!いいのか悠生!」
「……勝手にしろってどう言う意味?」
「悠生?」
俺の前に一歩、変態が前に出て来た。俺はあえてそいつとは目を合わせず、自身のテーブルに置いてあったフレンチトーストを手に取ると、それにフォークを突き刺し口に運ぶ。うえ、甘さと血の味と後痛みが混じって色々嫌だわ。
もうあの隊員の子居ないし、これが俺の朝食だ。最悪な味だよホント色々。
「そのまんまの意味だよ」
「解散させていいって言うの?」
「口で言わなきゃわかんないですかぁ、ゆーせーサマ?」
嫌味たっぷりに相手の名前を呼ぶと、今まで余裕そうだった変態の顔が少しムッとしたものに変わった。ざまぁみろ。気にせずガブリと、またフレンチトーストに齧り付く。こんなちょっとの量じゃ腹も膨れないと思っていたら、もう腹いっぱいになって来た。そうだ、これ三鷹の身体だった。俺の身体だとそうはいかないぞ。
最後の一口を食べ終わり、俺は静かにテーブルにお皿を置く。
<な、何言ってんの!?お前自分が言ってる意味分かってるわけ!?>
(お前こそ、分かってんのかよ)
俺の中で三鷹がいつものように怒り出す。しかしいつもと違って本気で怒っているのが伝わって来た。確かにこうして俺が勝手に話を進めて、今までどうにか親衛隊を護ろうとしてきた三鷹にはかなり酷い事をしている自覚はある。
けど、このままじゃお前傷付くだけだろ。
「自分に好意があるの分かってて、人の気持ちを簡単に軽視する」
<……!>
「大方自分を好きな以上、言う事聞かない訳ないとでも思ってんだろ」
<そ、それは…>
さっきのもそうだ。土下座で謝れば許す?馬鹿か。その気がこれぽっちもないくせにどの口が言うんだよ。
「おまけに人に殴り掛かっといて謝罪どころか謝れ?土下座?んなもん、お前らがしろよ。地面に額擦り付けて、何も悪くない子を殴ろうとしてごめんなさいって、泣きながらあの子に詫びろ!」
「な、何言って…!」
「何であの子?三鷹くんにじゃないの?」
食って掛かろうとする佐伯を、今度はちゃんと止める変態。そして真っ直ぐ俺を見ている。
「俺に謝る必要なくね?実際俺が殴ったのは事実だし。絶対謝らないけど」
「な!お前がやったのか!?て言うか今言った事と矛盾してるだろ!悠生殴ったんだろ!?」
「そりゃあ自分のケツにちんこ突っ込まれてたら誰だって驚くわ」
「はっ、な、ちん…!?」
やれやれと溜息を吐いてそう言った俺の言葉に、佐伯が顔を真っ赤にして狼狽えた。何だこいつ。そう言う話に免疫がある様でないのか。まあ面倒だからどうでもいいわ。
「んじゃあ、今までどーもお世話になりませんでした。さよーなら」
話は終わりだと、俺はあいつらに背を向けた。
「本当に、いいのー?明日にはもう、親衛隊なくなってるかもよ?」
だがその背にまだ声を掛けてくる。鬱陶しいヤツだな。
俺は嫌悪の表情をあえて隠さず、振り返った。
「つーか親衛隊親衛隊って、そんなもんがなきゃ人を好きになっちゃいけないのか?」
「――!」
<香坂…>
「親衛隊なんかなくても、きっとこの先お前を好きになる奴なんか沢山いる。お前がどんなにクズ野郎でもな」
けど、一々そんなものに縛られてたって面白くもなんともない。ある意味、俺も親衛隊なんてものを作る必要はないんじゃないかって思う。転入生と、そこだけは意見が一致するかもしれないな。
「まあ、それでもどこかの親衛隊に入ってなきゃいけないって言うなら――」
「これは…何の騒ぎですか?」
「リョータ、いた」
「おい亮太。何で悠生のとこに真っ直ぐ行くんだよ。俺の所に一番に来いっていつも言ってんだろ」
誰かが人の間を縫って俺達の傍にやって来た。やべ、最初は人も少なかったけど、さすがにあれだけ暴れれば注目浴びるよな。
「あ?こいつは確か…」
<か、会長っ>
そして中でも目を引く金髪の男。三鷹が会長と呼んだってことは、この人が生徒会長か。すげぇ髪色。そして凄い美形。そこでハッと思いつく。
美形、生徒会役員。つまりはこの人もきっと変態と同じ、親衛隊を持っているはずだ。俺は今一度背を向け、変態たちから今度こそ離れる。けど、その前に一言。
「今度はこの人の親衛隊に入るから、好きにしてくれ」
ピッと指差す先は、金髪の会長さん。俺の発言に、誰一人反応することなくポカンと間抜けな顔で突っ立っている。言いたいことを言って満足した俺は、んじゃ、と片手を上げやっと終わった話し合いに少し軽い足取りで食堂を後にした。
そしてその数分後、食堂から「えええええぇぇぇ!?」と地響きのような声が寮全体に響き渡ったのは、俺が三鷹の部屋に立って鍵を探している頃のことだった。
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bkm