11
厨房から非常口に回り、そして遠回りして漸くついた屋上。
きっとこの場所が知られるのも、時間の問題だろう。
「はあ……しんど」
バタリと、冷たいタイルの上に寝転がる。
仰向けで眺める空は、あの日と何ら変わらない。酷く穏やかで、泣けるほどに美しく眩しい。ただちょっと寒いな。流石に。
「……本当に逢えたんだな、俺」
まるで夢の様な時間だった。本当に少しの時間だったけど、それでも顔を見て、自分の言葉を伝えて、触れて……弥一に連れて来てもらわなきゃ、一生叶うことない事だった。凄く幸せで、それでいて、悲しい時間だった。
「バイバイしたの、これで二回目だな」
ちゃんと自分の言葉で好きだと伝えて、そしてお別れの言葉を言いたかった。
それが、俺の本当の目的。それが叶ったのに、無謀にも夢を見るばかり。俺自身で伝えて、悠生が答えてくれる筈ないのに。もう少し、弥一ほど可愛ければ、悠生も少しは考えてくれたかな。
「っ、泣くな、泣くな……ッ」
ボロボロと、涙が出てくる。失恋て、こんなに辛いのか?
弥一も、この痛みを味わった筈だ。けどアイツは乗り越えた。この痛みを乗り越えて、俺の所へやって来たんだ。
「くっ、う……」
俺にも、出来るかな。こんな強がりばかりで、陰でこんな号泣するような男だけど、お前の様に強くなれるかな。今は痛みだけが俺を苛むけど、それでもいつかは、この痛みが治まる日がくるのかな――。
「ゆーせいっ!!」
――好きだ、大好きだ!
空に向かって大声で叫んでいると、突然屋上の扉が開いた。
ハッとして目元を隠す。泣いている上に馬鹿みたいに空に向かって叫んでいる所を見られるのは、流石に恥ずかしい。けど、これで終わりか。案外早かったな、俺の居場所バレんの。ゆっくりと近付く足音がする。俺は乱暴に引き起こされ連行されるのを覚悟でその場に寝転がり続けた。けど、自分が想像するような展開は起こらない。
近くで、足音が止まった。そして、俺の頭上で屈む様な気配を感じた。
「――俺も、好きだよ」
「え……」
優しく、穏やかな声が降って来た。しかもそれは、大好きな人の声にそっくりで。俺は信じられず、中々腕を退けられない。空耳かもしれない。それか俺の都合のいい様に出来ている夢なのかも。だから、俺の欲しい言葉を何回も囁いてくれるのかもしれない。
「好き、大好き」
「ッ――」
涙が止まらない。それでも、俺は確かめる為にゆっくりと腕を退かした。太陽が涙に反射して、眩しくて俺の顔を覗き込むその人の顔がよく見えない。ポツポツと、頬に水滴が落ちて来た。こんなに晴れてるのに、雨かと思ってしまう程、それは絶え間なくポタポタと俺の頬を濡らしていく。
唇が震えて、上手く言葉が出ない。それでも、何とか声を絞り出す。
「っ、俺……」
「うん……」
「俺はッ――!」
「……綾太……」
――もういいよ。
その言葉と共に、ゴツッと額が俺の顔に当たった。
俺の頭を抱え込む様にしたその人は、俺の頭を抱き締めたまま、壊れた様に同じ言葉を繰り返した。ポタポタと、涙を一緒に流しながら。どうしてお前が泣くんだよ。好きだなんて言葉を吐いて、俺の名前を呼んで、そんな縋る様に抱き締められたら、馬鹿な俺は勘違いしてしまう。諦めかけた感情を、また持っちゃうじゃんか。
「悠生ッ、ごめん、好きだよっ」
「っ、りょうた、りょーたぁ」
お互い、もう何を言ってるのか分かっておらず、ただただ、目の前に確かに在る存在を繋ぎ止めたくて、思いの丈をぶつけていたんだと思う。俺は、悠生の首に両手を回して抱き締め返した。
強く強く、俺は確かに此処に居るって、信じてもらえるように。
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bkm