親衛隊隊長を代行します | ナノ
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 弥一には恥ずかしくて言ってなかったけど、実は俺頭の中では、何度も何度も藤島くんに逢った時のリアクションと言うか、言葉と言うか、色々考えてたんだよ。「久し振り」がいいのか、それとも「初めまして」がいいのか。どれも間違いではないけど、それでもいざ逢った時相手に嫌な思いをさせない為には何がいいかなって、こっそり脳内練習してたんだ。
 けどアレだな。意味なかったな。本人を前にして改めて思う。そんなの必要なかったんだ。


「藤島くん」


 もう一度、振り返って俺をその目に映した藤島くんの名前を呼ぶ。俺今どんな顔してるかな。泣きそうな面?それとも嬉しすぎてニヤニヤしてるのかな。分からない。でも、たぶん笑ってると思うんだ。だって、心がこんなにも穏やかだから。
 俺はそのままゆっくりと二人が座る席に近付くと、藤島くんの前の席――つまりは俺がいつも座っていた席にドカリと座った。

「……え?」

 小さく、吐息と一緒に声が漏れるのが聞こえた。それが何を思っての反応なのか分からないが、それよりも俺は正面から藤島くんを見て驚いた。記憶の中の藤島くんより、幾分かやつれて細くなっている気がする。弥一もそうだったけど、俺が居なくなってからの数カ月の間に大分印象が変わってしまっていて、今更だけど月日の流れを感じた。

「お前ッ!」

 俺が困憊している様子の藤島くんに心配の眼差しを送っていると、急に意識をそちらに持ってかれた。大声で俺を呼んだのは、転入生――佐伯亮太。今の、藤島くんの恋人。

「なんだよ」
「お前こそ何なんだよ!俺らの席に勝手に座って来てさ!」

 怒りを露わにする佐伯は、今にも机を飛び越えて俺に掴みかかって来そうだ。けど俺はそんな佐伯を静かに見据える。心ン中に沸々と怒りを溜め込みながら。うるさいヤツ、俺はお前に用があるんじゃないんだ。そうこうしている間にも、タイムリミットが近付いている筈だ。警備員が此処に飛び込んできた時点で、俺はもうこの場には居られない。
 だから、相手が誰だろうが引く気はない。

「別に。俺はいつもの自分の特等席に座っただけだけど」

 悪いな藤島くん。お前の恋人にケンカ売る様な真似はしたくなかった。けど、俺は覚悟を決めて来たんだ。お前に逢って、自分の言葉を伝えるって。だから恋人が居ようが居まいが俺には関係ない。もはやこれは俺のエゴだ。弥一は、俺を捜した理由を前に進む為だと言った。俺も同じだ。
 俺が前に進む為には、俺の心を掴んで離さないお前への心残りを無くすことだけだから。

「俺の特等席?は?何言ってんの?此処毎日俺らが座ってるけど、お前みたいなヤツ見たことないぞ!」
「俺もお前をこの席で見たことないな。俺が見てたのは、俺の前に座る藤島くんだけだ」

 机に頬杖をつきながら面倒くさそうに話す俺は、さぞ佐伯の癪に障るのだろう。佐伯の表情がどんどん険しくなっていく。

「お前頭可笑しいんじゃないか!」
「おめーに言われたかねぇよ。つかうっせーよ!俺は藤島くんに用があるんだ!すっこんでろ!」

 ガンッ!ガンッ!と佐伯と俺で机をぶっ叩いたせいで、結局は食堂中の視線を集めてしまった。まあコイツが大声張り上げるせいで注目浴びてたには浴びてたけど、もう完全に騒ぎになってしまった。あーあ、後で弥一にどやされるぞ。

「名前ッ、名前言え!大陽達に頼んでお前なんか消してやる!」

 佐伯が不気味に笑う。成る程、生徒会の連中に頼んで俺をどうにかしてもらおうとしてんのか。と言うより、藤島くんが居るにも関わらず、こいつはまだ生徒会の連中を引き摺り回してんのか。まあ、そんな事はどうでもいい。つかそれ脅してるつもりか?思わず笑ってしまう台詞に、俺は小さく溜息を吐いた。


「早く言えよ!」
「――綾、太」
「え?」


 急く佐伯の横で、ポツリと呟かれた自分の名前に、俺は思わず目を瞠った。そして俺をずっと凝視している藤島くんを見る。その震える唇から、小さく掠れる様な声が絞り出された。


「香坂、綾太……?」


 ――キミの、名前。
 最後まで声にならず、ただ唇だけそう動いた。カッと、胸が熱くなる。また藤島くんに名前を呼んでもらえた。その嬉しさから思わず目に涙が浮かぶ。けど、泣いてる場合じゃない。グッと唇を噛み、俺は藤島くんの問いには答えず、綺麗に揺らめく瞳を見つめ返し、笑った。

「また逢えて、嬉しい」
「……ほん、とに……」
「俺、お前に伝えたいことがあるんだ」
「嘘だ、そんな、はず……だって、お前はッ」

 二人とも混乱しているのか、俺を信じられないと言わんばかりの目で見てくる。佐伯は完全に混乱しているようで、頭を抱えてしまっている。
 けど俺は気にせず続けた。もう、時間がないと分かったから。


「悠生」
「……っ!」


 藤島くんの名前を呼んだ瞬間だった。食堂の扉が乱暴に開け放たれ、生徒達の騒ぎ声が聞こえた。もう追手はやって来た。あーあ、佐伯のせいで大分時間を持っていかれちゃったよ。だから、言葉にするのはこれがきっと最後だな。


「大好きだよ、悠生。俺、お前を好きになれて良かった」
「綾――」
「どんな形でもいい、幸せになってよ」


 視界が涙でぼやける。けど、漸く夢叶った。そんな気分だ。
 乱暴に袖で目元を擦った俺は、急いで席を立つ。扉の所に居る警備員が、俺の存在に気付いた。もう、行かないと。後ろ髪引かれる思いだが、そのまま厨房の方へと走り出そうとした俺の手を、誰かが掴んだ。


「ッ……」


 誰と言うのは愚問だ。この温かくて大きい手、俺は忘れてないよ。
 けど、ごめん。俺、これ以上は無理だ。覚悟決めたのは本当だ。お前に伝える為ならどんなこともするつもりで来た。けど、もうこれ以上は佐伯の隣に居るお前を見てられない。心から祝福できない醜い自分が嫌になる。本当は凄く嫌だ。俺の気持ちに答えて、もっと俺の名前を呼んでほしい。出来る事なら、ずっと俺の傍に居て欲しい。それが叶わない夢でも。
 これ以上この場に居たら、もっと、もっと欲しがってしまう。俺は、もうそんな浅ましい自分は嫌なんだ。だから、最後ぐらい綺麗に別れたい。漸く自分の姿で、自分の想いを伝えられたのだから。笑え、泣くなよ綾太。下手くそかもしれないけど、確かに笑みを浮かべた俺に、悠生は目を見開いた。俺は見つめたままソッと、自分の手を掴むその温かい手を外す。思いの外すんなりと外すことが出来た悠生の手。本当はずっと握っていたかったな。


「バイバイ、悠生」


 一目、お前を見れて良かった。
 そして俺は背を向け走り出した。
 大好きな人に背を向けて。
 もう、振り返る事のないように。


(どうせ捕まって、もう二度と此処に来れないなら――)


 最後に、あの場所へ行きたいな。


(お前と最後に別れた、あの屋上へ)


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