親衛隊隊長を代行します | ナノ
9

 先程まで近かった足音は今は全く聞こえない。きっと、岩槻が何らかの方法で回避してくれたんだろう。見逃してくれるだけで良かったのに、全くカッコよすぎだろ。
 大きな扉の前で苦し気に息を吐く俺を見て、食堂から出入りする生徒達は不審な目を向けていた。これ以上此処に居ては、きっと騒ぎを知った生徒が俺の居場所を知らせてしまう。そうなる前に、行かないとな。俺はそんな視線を気にせず、食堂の中へと足を踏み入れた。お昼時なだけあって食堂は人で賑わっていた。生徒の大半は此処で食事をとるから当然か。

(こんな中から捜すの、大変だよな)

 なんて、俺、何となく分かる。アイツが居る場所。だからそこに向けて歩く。
 本当は生徒会役員はちゃんと特別席とか言って席が設けられてるけど、アイツはいつも俺が座る場所に足を運んでいた。飽きずに、毎回毎回。そして俺は、選ぶのが面倒だからいつも同じ場所を選んでいた。食堂に一番端っこの席。何でだろうな、何となくだけど、お前はそこに座っていてくれてるんじゃないかって思ってしまったんだ。これで違ってたらすげぇ恥ずかしいけど。


「ハハッ……」


 でも、当たったから、恥ずかしい思いはしないで済みそうだ。
 思わず笑みが零れる。俺は端っこの席に座るその男の後姿を見て、確信した。長かった襟足が、記憶より短くなってはいるが、あれは間違いなく彼だ。だって、その隣には凭れ掛かる様に転入生が座っているから。ズキッと心が痛んだ。いや、覚悟を決めてきた筈だ。どんな結末だろうと、後悔しない様にと、俺は此処に来たんだ。
 例え俺の想いが藤島くんに届かなくても、俺は自分の口からこの想いが伝えられれば、それだけで十分嬉しい。だって、後姿を見ただけでこんなに心が躍ってるんだ。佐伯との仲を見せつけられて心が痛もうとも、それを上回る喜びがある。だから、笑っていよう。
 あの日、あの瞬間、俺自身で言えなかった言葉。今、お前に伝えるよ。


「――藤島くん」





 俺の世界は、こんなにも色のない、味気ない世界だっただろうか。
 日に日に、俺の世界は色を失くしていく。

「それでさ、俺が言ったらアイツさ!」

 隣で笑っている亮太の声も、もうずっと遠く感じる。俺だけ一人、世界から置き去りにされているかのように。こうして彼の傍に居て、ご飯を食べて、そして眠りについて、また起きて、学校行って。まるで工場の作業の様な生活を、俺はずっと送り続けている。

「悠生!聞いてんのか!」

 ただ虚ろに前の壁を見続けていた俺は、当然話なんかも聞いておらず、相槌もしなかった。俺が小さく「ごめん」と呟くと、亮太は少し唇を噛み、「ちゃんと聞いてろよな!」と言いながら、小さな身体に似合わないかつ丼をかきこむ。
 俺は自分に運ばれてきた料理に手を付ける訳でもなく、それからたつ湯気をジッと眺めていた。そして、視線を前の席へとずらす。湯気の向こうに、かつての思い出が蘇る。


『ばっ、こっち見てないで早く食べろよ!』


 そう言いながら顔を真っ赤にし、俺の視線に耐えられず恥ずかしそうにご飯を食べる。そんな彼の姿が浮かんだ。彼と言っても、俺が知っているのは三鷹くんの姿をした彼であって、俺は本当の彼を知らない。それでもこうして、此処に座っていると、彼との色々な思い出が浮かんでくるのだ。

(此処で初めて、俺はあの子にキスをした)

 我ながら最低なやり方だったと思っている。それでも、初めてだったんだ。あんな風に人を面白いと思ったのは。あの時からもう既に、俺は惹かれていたんだと思う。馬鹿みたいに真っ直ぐで、後先考えず全力で挑む、あの子に。

(……少し、色、ついた)

 此処でこうしてあの子の事を考えると、色を失う一方の俺の世界は、こうして少しまた色づく。けど、それも長くは続かない。思い出だけじゃ、俺の心は死んでいくだけだ。
 俺がこうして亮太の傍に居ても、何も変わらない。分かってるんだ、本当は、元に戻す方法なんてないことに。これ以上こんな茶番を続けていても、意味なんてないこと位分かっているのに、俺はあの時縋るのを止められなかった。弱く、脆い自分自身を護る為に。それなのに、未だこの想いは捨てられなくて――ちぐはぐな思いで自分を保ち続けている俺。
 でも、そんな俺にも、一つだけ楽しみにしていることがあるんだ。


(綾太、あのね)


 俺、日記書いてるんだ。
 いつか綾太に見せてあげたくて、綾太が居なくなってからの事、日記に書き留めてるんだ。いつか見せてあげる……そんな日が、永久に来ないのは分かってるんだけど、それでも書くのを止めようとは思わなかった。
 それに、日記と言うよりは俺のラブレターに近いんだけど。


(いつか、それを持って逢いに行くよ)


 そしたら、今度こそキミの顔を見て言えるね。
 『大好き』の言葉を――。


「はあ、腹いっぱい!」


 コツンと、隣から頭を預けられ、俺の意識は再び現実に引き戻された。あー、ヤバいな俺。考え込みすぎた。スーッと、心が冷えていく。あんなに温かかった気持ちも、こんなに冷たくなってしまった。
 寒い、寒いよ綾太。駄目だ、いつかを待つんじゃない。本当は、今すぐにでも、キミに逢いに――。


「――藤島くん」


 その時だった。
 後ろから声を掛けられたのは。


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