親衛隊隊長を代行します | ナノ
8

 後ろから聞こえてくる、大勢の足音と声。恐らく俺を追い掛けている警備員だろう。校舎に入っても尚、その音は消えることなく俺を追い続けている。今は丁度昼頃。生徒達が昼休みの為廊下にゾロゾロと出だす頃だ。
 俺はそんな生徒達を利用し、器用に合間をすり抜けていく。生徒でもない、一般市民の俺が追い掛けられているのを、生徒達は驚きの面持ちで見ていた。

「はあ、はあ……ッ」

 けど、俺の身体は少しずつ限界に近付いていた。そりゃそうだろ。こんだけ走れるだけたいしたもんだと、自分を褒めたい。ついこの間まで半年眠ってたんだぞ。それなのに、俺はこうして走ってる。アイツに会う為、再びこの地に戻って来たんだ。
 だから、絶対諦めない。絶対に、この足は止めない。

「何処だ、何処だッ」

 居場所が分からず、取りあえず彼の教室に向って走っているが、もし居なかったら?そしたらまた一からやり直し。別の場所を探すことになる。だがきっと、そこまで俺の体力は持たないだろう。すぐに後ろの警備員に追いつかれる事になる。一か八か、行ってみるしかないか。そう思った瞬間だった。
 俺は器用に生徒達の合間を抜けていた筈。それなのに、誰かが俺の前に立ち塞がり、俺はその人物に衝突した。その衝撃で尻もちをついた俺は、一瞬何が起きたか分からず、目の前に立つ人物の顔をただ呆然と見つめた。

「……っ、お前」
「お前が侵入者か?たく、他校の生徒が此処に何の用だよ」

 驚く俺を余所に、俺の腕を引っ張り起こしたのは、間違いない……岩槻だ。けど、俺が今まで接して来た岩槻とは感じが違い、今俺に向けられているのは敵意。そう、岩槻は風紀委員としての顔をしていた。侵入者と、俺を呼んだもんな。

「あんま俺の仕事増やすなよ、なあ?」
「ッ、いっ……!」
「んじゃ行くか。警備室に」

 腕が折れるんじゃないかと錯覚するぐらい強く握られ、思わず顔を歪める。けど、後ろから聞こえてきた警備員の声に、俺は痛みを忘れた。
 そうだ。足を止めてる場合じゃない。俺が足を止めるのは、藤島くんの前に着いてからだ。

「……岩槻」
「あ?何で俺の名前知ってんの?」

 俺が静かに岩槻の名前を呼ぶと、岩槻は不審な目を俺に向けて来た。それもそうだろう、自分が知らない相手からいきなり名前を呼ばれるんだから。けど、俺は知ってる。短い間だったけど、それでもお前が俺を励ましてくれたのを、俺は憶えてる。そしてもう一つ。


「――俺との約束、憶えてるか?」
「約束?」


 お前は憶えているかな。俺とした約束。
 けど、もしお前が憶えてなくても、俺は憶えている。だから、悪いけど俺は全力でそれに縋る。今この場でお前を引かせる方法は、これしかないから。

「俺が借り物競争で勝ったら、何でも一つ言う事聞くって、お前と賭けたこと」
「――!」
「そして俺は賭けに勝った。借り物競争で一位獲ったんだ!だから約束は守れよ!」

 岩槻に掴まれている手とは反対の手で、俺は岩槻の胸倉を掴む。そしてグッと顔を近づけ、俺は啖呵をきる。


「今ここで俺を見逃してくれ!それがお前への願いだ!」


 岩槻は目を丸くして俺を見下ろしている。そうしている間にも、後ろで聞こえてくる足音と声がまた一層近付いて来る。俺達のやり取りを遠巻きに見ている生徒達が結構いるから、すぐには俺の傍には来れないだろうけど。でも、もう時間がない。

「頼む、岩槻……俺、藤島くんに逢いたいんだ」

 スルスルと、岩槻の胸倉から手が外れ、俺は岩槻の胸に手をついて、情けなくもお願いする。分かってる。岩槻が約束したのは弥一であって、俺ではない。俺が話していたけど、岩槻にとっては見ず知らずの俺じゃなくて、弥一に言った言葉だから。でも、少しでいい。ほんの少しでいいんだ。
 グッと唇を噛み、俺は願いを込めてその名前を呼んだ。


「岩槻ッ!」


 トンッと、押されたのはほんの一瞬の出来事だった。
 俺は岩槻から距離を離された。よろけて後ろに数歩下がる。俺は何事かと岩槻を見るが、岩槻は既に俺に背を向けていた。

「岩、槻?」
「その目、知ってるぜ」

 その声が、何処となく楽しそうに聞こえるのは俺の気のせいだろうか。

「会計なら、食堂に居る。あの厄介者と一緒にな」
「……!」

 なんで、と俺が疑問を口にする前に、岩槻が俺を振り返った。その目に、先程の様な敵意はない。寧ろ笑みを浮かべていた。

「早く行けよ。約束通り、見逃すのはこれ一回だ」
「……っ」

 岩槻は、まるで分かっているかのように笑っていた。いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。そうじゃなくて、もっと違う言葉が必要だ。俺はあの日と同じように、岩槻に拳を突き出した。
 フッと小さく、岩槻が笑った。そして、同じように拳を突き出す。

「ありがとう岩槻!またな!」
「おう」

 ――またな、香坂。
 そう聞こえた気がしたのは、俺の聞き間違いだろうか。でも、さっきよりも身体が軽く感じる。彼の居場所が分かったからだろうか。此処から食堂までそう遠くはない。逸る気持ちを抑えながら、俺は懸命に足を動かした。



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