5
窓の外の夜空を眺めながら、俺は夕刻まで傍に居た弥一のこと、そしてその弥一から聞いた今の藤島くんのことを考えていた。正直、まだ嘘であると言って欲しかった。
『でも、会いに行く前に聞いて欲しいことがある』
『なに……』
『今、悠生様は佐伯亮太と付き合ってる』
『は……え?佐伯亮太ってあの転入生の……?』
『そう』
『な、んで……』
『ごめん……それは、僕にも分からないんだ……』
泣きそうな顔でそう告げる弥一は、冗談で言っている訳ではなさそうだった。俺は言った筈だ。藤島くんに。三鷹を、弥一を頼むと。それなのに、どうして――。
(結局、弥一に返事……返せてない……)
その事実が俺の胸に刺さって、上手く言葉が出なかった。そんな時、タイミング悪く母さんが帰って来てしまったんだ。
『ただいま。飲み物買って来たわよ』
『あ……』
『えっと、三鷹くん、よね?はい、これ貴方の飲み物よ』
『ありがとう、ございます。でも僕、今日はこれで失礼しますので……』
飲み物を受け取らず、弥一はそのまま俺に背を向けて扉に向っていく。思わずその背に向かって声を上げる。
『や、弥一ッ、俺……!』
『――明日』
『え?』
『明日、また来る。それまでに考えておいて』
――これからの事を、よく考えて。
それだけ言って出て行く弥一の目は、真剣だった。真剣に、俺に判断を委ねている目だった。なんだよ、訳分かんねぇ。今日一日で色々あり過ぎてまだ頭が追い付かない。大体、前に進む為に此処へ来たと弥一は言った。それなのに、俺を強引に藤島くんと会わせたりはしない。俺の意志を尊重してくれてる。それは、恐らく佐伯の事があるからだろう。
俺が傷つくと分かっていても、真実を告げてくれたからこそ、俺の気持ちを尊重してくれるんだ。
(藤島くん……)
なあ、俺の声は、お前に届かなかった?
俺の思いは届かなかった?
三鷹を振ったのは、佐伯と付き合ったからか?
(もう、俺は――)
お前を想うことすら許されないのかな?
あの日最後に見たお前の顔が、薄れていくのを感じる。
――その瞬間、カッと胸が熱くなった。
「――ッ!」
色んな思いが、ガーッと頭の中を駆け巡る。拳を握り、唇を噛み締めると、微かな血の味がした。馬鹿だ。俺は馬鹿だ。なに一人で馬鹿みたいに悲劇のヒロインぶってんだ。違うだろ、俺そんな可愛いキャラじゃねぇだろ!思い出せ、俺が一番大事にしてた思い。
一番大事な顔、忘れるんじゃねぇ!
(随分見てないから、忘れそうになるんだ……揺らぐんだ……)
なら、方法は一つだよな。
そうだろ、弥一。
*
「今、なんて……?」
弥一の顔が驚きで一杯になる。けど、その口元は徐々に緩んでいく。
俺はリハビリ付き合う気で朝一から気合満タンでやって来た弥一に、同じく気合満タンにして言った。
「リハビリ、付き合えよ」
笑顔の俺に、弥一が「当たり前でしょ!その為に来たんだ!」と泣きそうな声で大きく返事をした。
大好きなその顔を忘れないために行くよ、俺――。
(自分の口から藤島くんに――『大好き』の言葉を届けに)
例えどんな結果が待ってようと、俺はもう迷わない。
だから、もう一度――お前に会いに行く。
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bkm