親衛隊隊長を代行します | ナノ
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「お前を探す事……それは、お前の存在を感じて、話していた僕にしか出来ない事だと思ったから」

 だから、今までお前と話したこと、全部一つ一つ思い返したんだ。
 そう言って話す弥一は、本当に今まで苦労したんだろう。何処か横顔に疲れが見える。俺との会話を一つ一つ思い返す。それは簡単に出来る事じゃない。

「でも、俺との会話で俺あんま自分の事話してなかったよな?」
「うん。でもさ、お前、何時だったか言ったよね。空手で全国三位になったって」

 その言葉に目を瞠った。確かに以前弥一に話した気がする。

「まさかお前、そこから辿ったのか……!?」

 驚く俺が余程面白かったのか、弥一が少し笑った。

「お前、自分は田舎者だからとか何とかよく言ってたし、全国出る位の高校だからきっと新聞とかネットとかに出てると思ったんだ」

 そこから弥一は、図書室に籠り色んな新聞を読み漁ったり、自室に籠ってサイトを見たりと、俺に繋がる情報を揃えていた。そしてとうとう、去年俺が地元で取り上げられた地方紙を、国立図書館で見つけたらしい。

「香坂綾太って字を見つけた時、漸く居場所を掴んだと思った」

 急いで俺の地元へ行き、そして学校に行って、俺の情報をそこの生徒に聞いた弥一は、俺の両親に墓参りがしたいと頼みに行くつもりだったそうだ。

「でもいざお前の家に行ったら、お前の母親が口にしたのは此処の病院の名前で……しかもこの前目覚めたとか……」
「……うん」
「っ、嬉しすぎて、涙が出たじゃないかッ」

 震える声で呟き、拳を握る弥一の手にソッと自分の手を重ねた。それによって弥一の震えが少し治まったのを確認し、俺はどうしても聞きたかったことを聞いた。

「なあ、どうしてそこまでして俺を探してくれたんだ?」
「……」
「そんなに時間を掛けてまで、どうして……」
「それ、本気で言ってんの?」

 鋭い声に、思わず肩が跳ねた。弥一が、大きな目を吊り上げて俺を睨んでいる。そして俺の手を払いのけると、そのまま俺の胸倉をグッと掴み上げた。弥一らしからぬ行動に俺は目を白黒させた。

「僕がこんなに探した理由!本当に分からない訳!?」
「……弥一」
「ッ、怖かったのは僕も一緒……お前のお墓を探しに行くのは、お前の死を受け止めに行くようなものだから。でも僕は、それも前に進むためには必要だと思った」

 真っ直ぐに俺を見る弥一の目は、曇りのない澄んだ目だった。

「それで、無事お前を探し出したら、あの人を此処に連れて来るつもりだったんだ」
「……!」

 俺の胸倉を離した弥一は、そう静かに話す。俺の心の中は、内心バクバクだった。弥一が言う『あの人』とは、恐らく彼の事だから。

「僕は勿論、悠生様にも前を見て進んでもらう為に、僕はお前を探し続けた」

 悠生――その名前を聞いただけで、俺の胸はカッと熱くなる。弥一と藤島くんが、俺の墓参りに来てくれるなんて、どんだけ幸せ者だよ俺。まあ、俺生きてるんだけど。でも、あれ?どうして此処に藤島くんを連れて来るつもりだったんだ?
 そんな俺の疑問を感じ取ったのだろう、弥一が一瞬目を伏せる。けどすぐに顔を上げ、俺をジッと見据えた。

「僕が話したんだ。今までの事」
「え?」
「僕の中に確かに存在していた、香坂綾太の話を」

 ――全部、話したんだ。悠生様に。
 そう言った弥一の言葉はすぐには受け止めきれずに、俺の思考は一旦停止する。どう言うことだ。なんで、どうして……!

「なんで俺の事を話したりしたんだよ!」
「……」
「そんなの、相手が困惑するに決まってるじゃんか!それなのに、どうして……!」
「――僕ね、親衛隊辞めたの」

 は……?と、声がまるで空気のように抜けて出ていった。
 待ってくれ、とてもじゃないが俺の頭ではもう理解が追い付かない。そして浮かんでくる言葉はやはり『どうして』の一言だった。

「盛大に振られちゃったから」
「な……」
「僕さ、悠生様に告白したの、これが初めてじゃないんだよ。いつだって僕はあの人に『好きです』って言い続けてきた」

 きっと情けない顔をしている俺とは反対に、弥一は何処か吹っ切れた様に笑みを浮かべ話している。けど俺には、どうしてそんな風に居られるのかが全く分からなかった。

「その度にあの人は、『ありがと』って笑いながら受け止めるんだ。僕だけじゃない、皆からの言葉全て」
「……」
「けどね、今回は違った」

 そこで言葉を切った弥一は、俺のベッドにボスッと寝転がる。その時を思い出しているのか、目を瞑りながら。

「『ごめん』だって」
「……っ」
「明確に言葉にしてくれたのは、これが初めてだったんだ」

 今までのらりくらりと好意を流し続けてきた藤島くんが、ハッキリと告白を断った。それが、弥一の想いを吹っ切れさせた原因だと弥一が言った。でも、それだと可笑しい。どうして藤島くんは弥一の告白を断ったんだ?あんなに、好きだと言っていたのに。

「……」
「馬鹿だなぁ。まだ分からないの?」
「え?」

 俺の考えを口に出さずとも、弥一には分かってしまうのか、難しい顔で黙り込む俺に、弥一は呆れた顔をした。な、なんだよ。なんでそんな馬鹿にしたような目をするんだこいつ。思わずムッと睨み返すが、弥一はまた一つ大きなため息を吐き、寝そべったまま窓の外へと視線を移した。

「……とは言え、これで全てが上手く行く訳じゃないんだ。まだ大変なことが残ってる」
「え?なにが?」

 弥一がポツリと呟いた。その声にはどことなく疲れが滲んでいる。これ以上ビックリで大変な話題なんて他にないと思うぞ。

「だから、やるよ。リハビリ」
「はい?」
「僕も付き合ってあげる」

 そう言って起き上がると、弥一は椅子を引っ張り俺に「さあ始めて」と急に促してきた。おいおい色々急すぎてついて行けない。取り敢えず言われるまま椅子に移動して、俺はゆっくり身体を動かし始めた。その傍らには本当に付き合ってくれるらしい弥一が、俺の動きをジッと見つめていた。

「おい。一体どう言う事だよ。リハビリは、そりゃまあ自分の為だしするけど……大体お前、学校はどうしたんだよ!」

 今日は平日の筈だ。突然の再会にそこにまで気が行かなかったが、こいつ俺を捜すために部屋に籠ったりとか外に出たりとかしたって言ってたよな。

「学校は平気。ギリギリ出席日数も足りてるし、お前と違って頭の出来もいいから成績が極端に落ちる事もない」
「って、やっぱサボってんのかよ!つかお前、親衛隊辞めたって、隊長のお前が辞めたら他の子達はどうなるんだよ!」
「……」

 俺が親衛隊を解散させると言った時、こいつは一番に隊の事を考えていた。そんな人間が、いきなり隊長を辞めて隊を抜けるなんてなったら、残された皆はどうなるんだよ。黙り込む弥一に、俺は思わず声を上げる。

「弥一!」
「喜多村先輩の、言った通りだったんだ」
「……へ?キタムラ?」
「隊から外れて、初めて見えたものがある」

 隊を外れて見えたもの?それは一体何なんだ?て言うかキタムラって、もしかしてあの隊長さんか?

「僕が居ないと駄目だとまで思ってたんだ。それ位、僕は自惚れていたんだと思う。皆を護るのは自分だって思い込んでた。けど実際は違う。皆、本当に強い。隊長の僕が居なくても、みんな自分で出来る事をするだけだ。だから、隊長も自分に出来る事を精一杯やって下さい、だって」
「それを、隊の子達が?」
「みんな、悠生様の為ならって、僕を送り出してくれた」

 それは弥一にとっても予想外だったのか、本当に嬉しそうに話す弥一を見て、俺まで嬉しくて涙が出そうになった。良かった、本当に。でもこうしてお前を送り出してくれたのも、お前の今までの行いのお蔭だと思う。
 やっぱり、お前は凄い隊長だよ。

「だから……」
「だから?」
「一緒に行こう」
「え?」

 それで漸く、お前が俺のリハビリに付き合うと言った理由が分かった。


「金城学園に、悠生様に会いに」



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