親衛隊隊長を代行します | ナノ
5

 暗い、暗い。嫌だ。此処は何処だ。
 何処へ向かって走っても出口が見当たらない。
 嫌だ、此処から出たい。頼む、お願いだから――。
 そう思い焦がれて思い出す。
 走っていた足がピタリと止まった。

(……何言ってんだ、俺)

 最初の時はあんなに冷静だったのに、今になって襲う恐怖。
 どんなに走ったって無駄。出口を探しても無駄。
 この闇の中に、出口なんか端からない。

 だって、俺はもう――死んでいるから。





<起きろォ!この馬鹿ァァ!!>
「っ、ハ…!」

 耳を劈くような声に呼び戻され、俺は目を覚ました。ジワジワと身体から滲む汗、整わない荒い呼吸にまだ身体を起こせずにいた。

<早くシャワー浴びてよね!悠生様が相手じゃなきゃ、お風呂入らずに寝るなんて許せなかったけど……って聞いてる?>
「…ああ、わりぃ」

 分かってた現実。それをまた再確認させられた。そうだ、俺、本当に死んだんだ。
 思わず朝から重い溜息を吐く。ドクドクと煩い心臓を押さえつけていると、中で三鷹が少し心配したような声を掛けてきた。

<……怖い夢でも見たの?>
「俺の心ン中覗けんだろ。態々聞くなよ」
<覗こうと思わなきゃ分からない。それに、やっぱり人の思いは勝手に見ちゃいけない気がしたから>

 三鷹の言葉に、思わず目を瞠る。

<な、何さ>
「お前…意外にマトモだったんだな」
<ハァァ!?お、お前一体僕を何だと思ってたわけ!?>

 何と言うか、俺の中では男好きの自己中な煩いヤツぐらいな感じだったから、何か凄く意外。人の事を少しは考えてるんだなって。

<ああもう!朝っぱらからイライラする!僕の心配した気持ち返して!>
「なに?心配してくれたんだ?」
<ッあ、え、そそそんな訳ないじゃん!自惚れないで!>

 あまりの狼狽えっぷりに、俺は勢いよく吹き出した。成る程、まだほんの少ししか身体借りてないけど、分かった事が一つだけある。こんなツンケンしてるけど、三鷹は意外に良いヤツだってこと。すっげぇ分かり辛いけど。
 こいつの煩さに、少し救われた気がする。
 だって、あんなに煩かった心臓が、今は静かだ。


<ギャアァァ!!ちょっと勝手に見ないでよ!!変態!馬鹿!!>


 ――前言撤回。やっぱ煩いだけかも。





 ギャアギャア騒ぎながらお風呂を済ませ、きっちり身嗜みを整えた…と言うか整えさせられた俺は、朝食をとる為部屋を出た。

<ああもう、最悪…>
「つーか男同士で裸見てあんな騒ぐかふつー?女子かお前は」
<僕の裸を見ていいのは悠生様だけなの!て言うか喋んないで!独り言してる変なヤツって目で見られるから!>

 三鷹にそう言われ、ハッと口を塞ぐ。
 そうだ、昨日は人もいなかったし良かったけど、実際俺がこうして話してると、周りは不審にしか思わない。実際、昨日の変態は一人で話してた俺を訝しげに見ていたし。

(はいはい。んじゃあ、こんな感じで話すわ)
<ああもう!ホント不便。早く出てってよね>
(さっきだって試したろ。けど駄目だった。早いとこ方法探さねぇとな)

 一応昨日と同じように俺が抜け出せるか試しては見たけど、結果は同じ。俺の中で三鷹がガックリと肩を落としたのが感じられた。まあ、三鷹にしてみれば本当に残念だろう。
 俺だって、まさかこんな風に迷惑をかける展開になると思ってなかったから、正直どうしていいか分からない。焦ってもどうしようもないと分かっていても、やはり焦ってしまう。本当に、どうしたものか。

<あ、そうだ。食堂ではBセット頼んでよね>
(あ?Bセット?)
<そ。どうせお前みたいな野蛮人はカレー大盛りとかかつ丼大盛りとか、そう言う品のないもの頼みそうだからね。僕のイメージを壊しかねないものは頼まないで。今のお前は僕の姿なんだから、ちゃんと僕らしく振る舞ってよ>
(よーし豚キムチ定食でも頼むかな)
<このッ馬鹿!てかそんなの此処にはないから!残念でした!>

 でもカレーやかつ丼はあると。金持ち学校のくせに変な学校だな。そう思いながら漸く着いた食堂。三鷹のお望み通りBセットをカウンターで頼み、俺は一番目立たない端っこの席に着いた。

(成る程ね。あそこで券買って受付に渡すわけか…すげぇな金持ち学校)
<ちょっと!何でそんな端に座る訳!?>
(あ?何処だっていいだろ別に)
<僕はいつも悠生様が見えるあそこのベストポジションに座ってんの!>
(なら俺には余計関係ねぇわ)
<僕の姿でだらけないで!!>

 何こいつ。何でこんな気張ってんの?
 俺は料理来るまでダラダラしてたいけど、シャキッと座ってないと三鷹が煩いし、朝から怠いなホント。

「隊長ー!」
「ふわぁぁぁ…」
<ちょっと!大きな欠伸しないで!それと呼ばれてるから返事して!!>
「はぁ?」

 三鷹がまたプリプリ中で怒っている。しかし、今確かに隊長と誰かが叫んだ。
 ん?もしかして隊長って、俺の事か!?

「へ、へい!なんでしょ!」
「た、隊長?」
<変な返事しないで!>

 ヤバい、三鷹として誰かとちゃんと話すのは初めてだからどう話していいか分かんなくて変なテンションになっちゃった。これは三鷹も怒りたくなるわ。とにかく、三鷹の言う通り、今は三鷹らしく振る舞わないと。
 意気込んで、相手に向き合う。三鷹に声を掛けて来たのは、これまた可愛い子。けれど男子。何なんだよこの残念学校。

「え、えっと。な、何かしら?」
<気持ち悪い!それじゃあオカマじゃないか!>
(うっせ!)
「あ、あの。悠生様との話し合いはどうなりました?」

 若干相手が不審そうに見て来たけど気にしない。それにしても、話し合い?昨日言ってた親衛隊の存続をかけた話し合いのことか。やべぇ、失敗しましたとか言い辛ぇ。

「あ、あれはー…」
「――ヤッホー、三鷹くん」

 しどろもどろになりながら答えを探す俺の隣に、遠慮なしに誰かが座って来た。うえ、なんだいきなり。あまりの突然さに面食らう俺は、その相手を見て思わず顔を顰めてしまった。

<キャ!悠生様!>
(キャ!とかキモい)
<何だと!>

 内心三鷹に呆れてる俺は、三鷹のようには喜べない。
 寧ろ遠慮なしに突っ込んできてイラッとしてる。
 俺はニッコリ笑みを浮かべる相手に、これまたニッコリとした笑みを浮かべた。

「おはよう藤島くん。ご機嫌麗しゅう」

 三鷹によると同い年らしいから、俺も相手の呼び方に合わせてくん呼びしてやった。
 今度は向うが面食らってる。はん、ザマアミロ。


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