親衛隊隊長を代行します | ナノ
9

 悠生様が、あの佐伯を恋人にするはずがない。だって、悠生様が好きなのは、まだアイツなんだ。そんな直ぐに忘れて次になんて行けるほど軽い存在じゃないのに……。

(でも、悠生様は僕の目を見てくれなかった)

 スイッと逸らされた視線は、僕への拒絶としかとれない。
 僕に言う事は何もない。そう言われている様だった。それが佐伯に言われてなのか、それとも悠生様自身の答えなのか、今の僕には分からない。ただどうしてと、返って来ない答えを心の中で求めるしか出来なかった。

(悠生様っ)
「相変わらずムカつくね」
「……え?」

 すると、背後から声を掛けられた。聞き覚えのある声に、僕は勢いよく後ろを振り返る。すると、以前の様な冷たさこそないものの、フンと鼻を鳴らし仁王立ちするその姿は以前と何ら変わらない。でも、どうしてこの人が此処に?


「喜多村先輩……」


 この人と会うのはあの日、喜多村先輩が、隊長をやめた日以来だ。

「何であんなヤツに言われっぱなしなの?前の時みたいに勢いで言えばいいのに」
「それは……」

 僕には、そんな状況とか見ずに自分の感情のまま動くなんて野蛮な真似出来ないですよ。
 前の僕なら、そう言っていただろう。でも、今の僕には言えない。だって、本当は凄い力なんだよ。野蛮だなんて馬鹿に出来ない、僕が持てない力。僕にもその力が、綾太の様な強さがあれば、きっと悠生様を救うことが出来るのに。

「まあ、悠生様も悠生様だけどね。あんなヤツに言い寄られてホイホイ傾くなんて……」
「悠生様を悪く言わないで下さいッ!」
「――!」

 僕が大きな声を張り上げるとは思わなかったんだろう。喜多村先輩が目を見開く。

「僕が、僕がいけないんだっ。本当は、もっと方法があった筈なのに、自分の事ばかり考えて……っ、悠生様を、傷付くあの人を護れなかったんだ……」

 僕は隊長なのに、悠生様の親衛隊隊長で、綾太の友達なのに。僕に力がないばっかりに、事はどんどん悪い方へ行ってしまう。

「もう、僕には……っ」
「……で?」
「え……?」
「え?じゃないよ。何で僕には歯向かえるのに、アイツには出来ない訳?その勢いのまま、飛び蹴りでもかましてくればいいじゃない」

 喜多村先輩の何てことないと言わんばかりの態度に、僕は呆気にとられる。お蔭で涙もすぐに引っ込んだ。いや、流石に飛び蹴りはかませないです。

「こんな廊下の真ん中で悲劇のヒロイン演じてる暇ないでしょ。護れないなんて嘆くのは、隊長失格だよ」
「……!」
「まあ、もう隊長でもない僕が言っても説得力ないけどね」
「そんな事っ」

 でも、と言葉を切った喜多村先輩は、何処か清々しい顔をして僕を見据えた。

「親衛隊に入ってた頃は……隊長をやっていた頃には見えないことが、今になって色々見えて来てさ」
「え……」
「自分の視野がどれだけ狭かったのか、思い知らされた。大陽様を護る為の親衛隊だったのに、その組織の中で自分の目がどんどん曇っていたのに気付かなかったんだ」

 フッと、先輩が笑った。
 初めて見た、先輩が笑った顔。先輩が隊長の頃は、いつもキッと目を吊り上げていたから。

「隊長の立場から離れて、色々見方が変わったよ。今までの僕なら考えられないよね。だって、大陽様の為とか言って全てを排除して来たんだから」
「先輩……」
「でも今は違う。親衛隊が全てだと思ってたあの頃と違うんだ。僕は、大陽様を護りたい気持ちをそのままに、今の自分で出来る事をするつもり」

 そう言って強い気持ちを僕にぶつけてくる先輩は、それで?と僕に投げ掛けて来た。

「アンタは?護りたいって思って、護れないって分かって、それで終わり?」
「っ……」
「違うでしょ。今答えが見れないなら、それは立っている場所が悪いだけ。場所を変えて、見方を変えれば、きっと欲しい答えなんてすぐ見つかる」
「先輩……」
「護りたい、その気持ちだけ変わらなければ、何とでもなるよ。後は自分が動くだけ。だ、大体アンタが言ったんでしょ。気持ち大事にしろってさ」

 先輩がぶっきら棒にそう呟いた。
 僕はその言葉にハッとした。思い出した、確かあの時だ。


『その気持ちは、大事にしといて下さいよ』


 綾太が、先輩に掛けた言葉だ。そうか。先輩は、その言葉をちゃんと正しく受け止めて、自分の歩む道を見つけられたんだ。親衛隊隊長としてではなく、一人の男・喜多村佳哉として。
 なら僕は?僕は、隊長である前に一人の男・三鷹弥一だ。僕は、そんな一人の男として何が出来る?

「――まあ、僕が言いたいのはそれだけ」
「え?」
「じゃあね」

 ジッと考え込む僕に、先輩の凛とした声が届く。その声に先輩を見ると、いつの間にか僕に背を向けていた。突然の事で驚く僕を余所に、先輩はそのまま歩き出す。そこで思った。
 もしかして、先輩、元々僕の所に来るつもりで此処に……?

「あ、あの先輩っ」
「勘違いしないでよ」
「――!」
「僕は悠生様とあの転入生がベタベタ歩いてるって聞いて、ちょっと見に来ただけだから。別にそれを見てアンタがどう思ってるかとか、気になって来たとか、そう言うんじゃないから!」

 後姿で分かり辛いけど、先輩の髪の毛から覗く耳が少し赤い気がする。

「先輩……」
「アンタは隊長なんだから、無様な姿とか見せないでよ。隊長のそう言う姿は、親衛隊の品格に関わるんだから」
「ありがとうございました」
「別に……。アンタには、色々教わったから……」
「え?今なんて……」
「な、何でもない!」

 大きな声を出して、先輩は速足でその場を去って行く。嘘です、本当は聞こえてました。貴方の綾太への感謝の言葉が。アイツの言葉が、この人までも変化させたのかと思うと、自分の事の様に誇らしく感じる。
 僕はその後姿に、もう一度感謝の意を示し、頭を下げた。そしてそのまま、強く拳を握る。


(――僕が、一人の男として出来ること)


 僕が大事だと思う気持ちは、まだこんなにも溢れている。
 護りたい、自分の力で、護りたい人を。

「そうだよね……」

 それならまず、先にやらなきゃいけない事、あるよね。確かに、泣いてる暇なんてなかった。僕は、ゆっくり顔を上げる。もう、逃げない。だって、まだこんなにも、二人を大切に思う気持ちがあるから。
 だから、僕は――。





 迎えた放課後。
 僕は、携帯を握りしめながら、目的の人物に声を掛けた。


「――悠生様」


 ビクリと、声を掛けた瞬間、肩が揺れた。
 朝と変わらない、腕にピッタリとつく佐伯は、僕の登場に露骨に顔を歪めた。

「何しに来たんだよ!」
「悠生様、一つ、言いたいことがあって来ました」

 けど、僕は佐伯を無視して黙り込む悠生様に話し掛ける。返事が来るかは分からない。でも、伝えなきゃ。


「僕は、悠生様が好きです」
「――!」
「はあ?」


 僕が好きな気持ちを、もう一度、悠生様に伝えたい。
 でなきゃ、僕はこれ以上前に進めない。これは自分の為の行為。

「悠生様は?僕の事、どう思っていますか?」
「お前、なに人の恋人口説いてんだよ!!」

 僕を驚いたように見る悠生様と目が合う。やっと、目を合わせてくれた。でもそれを遮る様に、佐伯が悠生様の前に躍り出る。それでも僕は、気にせず悠生様だけを見据える。パクパクと、悠生様が口を動かした。そして、小さく、絞り出す様な声が耳に届く。


「…………ごめん」


 その言葉に歓喜した佐伯が、勢いよく悠生様に抱き付く。佐伯を引き剥がすわけでもなく、されるがままの悠生様は、虚ろな目で僕の方を見ていた。僕は溢れそうな涙をグッと堪え、一度ゆっくり息を吐いた。
 分かってた。分かり切ってた答えだ。だからこそ、僕はこの言葉を言うのを避けていた。何かが、決定的に変わると分かっていたから。僕は、無意識にそれを恐れていたんだ。勿論、好きと言うのは前にも言った事はあるけど、僕は今の悠生様に、今の僕の言葉を聞いて欲しかったんだ。
 何より、悠生様からその答えが返ってくると信じてた。

「良かったです。その言葉が聞けて」
「……え?」
「強がるなよ!お前は振られたんだから、早くどっか……」
「――悠生様」

 僕は一度、悠生様の名を呼び、そして笑みを浮かべた。
 悠生様が目を見開く。


「ありがとうございました」


 そのまま頭を下げる僕に、悠生様も佐伯も驚いているようだ。
 ゆっくり顔を上げた僕は、その笑みを湛えたまま、悠生様だけを見据える。手に握っている携帯が、先程からずっと震えている。ごめん、木村。ごめん、親衛隊の皆。


「な、に……」
「貴方の為に尽くせた数年、とても幸せでした。貴方を好きでいられたこと、誇りに思います」


 でも、このままじゃ駄目なんだ。僕は、僕にしか出来ない事をやりたい。親衛隊隊長としてではなく、三鷹弥一として。だから、もう貴方の姿を追い続けるのは止める。僕は決めたんだ。


「今まで、お世話になりました」
「三、鷹く……」


 この恋が終わっても、大切な気持ちは変わらない。
 例え悠生様が、何を思い誰を想っても、護りたい気持ちはそのままずっと抱えたままだから。


「僕、三鷹弥一は、本日で――」


 だから今度は隊長としてではなく、一人の男、いや……一人の友人として貴方を護る。今度こそ、絶対。それが、もう一人の友人との約束にも繋がるんだ。
 だから、サヨウナラ。今日この場で、この思いを断ち切って、僕は前に進みます。


「親衛隊隊長を辞任します」


 これが、僕の出した答え、進む道。
 貴方を護る為、選んだカタチだ。


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