親衛隊隊長を代行します | ナノ
8


 岩槻様に全てを話し終えるまで随分掛った気がする。僕も、岩槻様も、お互い何も言えずその場は静寂に包まれた。だが、その時だった。

「――!」
「ん?どうした」
「あ、いえ……今、なんか胸騒ぎが……」

 辺りを見渡すが何もない。一瞬感じたその感覚は、果たして気のせいなのか、それとも――。

「うっし」
「……え?」
「取り敢えず、今日はもう寮へ戻って寝ろ。酷い顔だぞ」
「うっ、酷いって……」
「あんまよく寝れてねぇんじゃね?話して少しはスッキリしただろ。もう寝ちゃえよ」

 それとも……、と言葉を切った岩槻様は、意地悪そうな顔で僕に顔を近づけた。

「誰かに添い寝してもらわないと、寝れない?」
「そ、そんな訳ッ!!」
「あっはっは」

 悠生様とはまた違った感じでも、美形は美形だから心臓に悪い。僕は慌てて距離を取り必死に否定しようと思ったのだが、その前に岩槻様が笑いながら離れていった。そして「じゃあな」とそのままその場を去ろうとする。

「ちょ、岩槻様っ」
「俺が一つ言えんのは――」

 後ろを向いている岩槻様がどんな顔をしているかは分からない。けど、発せられた声は非常に楽しげだった。

「ソイツと、一度でいいから手合せしたかったな」
「岩槻様……」
「今度会ったら、お願いしてみるか」

 岩槻様の言葉に、僕は下を向いた。
 そんな、今度なんてもう訪れないのに。どうしてそんな……。


「下ばっか向くな」
「――!」


 さっきの明るい声から一転、風紀委員長の風格漂わす厳しい声が僕に届いた。思わず勢いよく顔を上げる。けど顔を上げた先には、その声とは真反対に穏やかな顔をして振り返っている岩槻様が立っていた。


「そこには何もねぇ。あるのは、前向いて進んだ先だ」
「前を、向く」
「誰の代わりでもない、お前にしか出来ないことは絶対ある。お前も男だろ?護りてぇヤツいるんなら、こんな所で泣いてないでやるべき事をやれよ」
「……」
「お前なら、それが出来るって俺は思う」


 そう言って、岩槻様は今度こそ背を向け去って行った。一人残された僕は、今の言葉を頭の中で反芻させる。岩槻様も、そして栗山様も、やるべき事やれって言ってる。でも、僕にはその方法が分からない。どれが正解で、何が不正解なのか分からないんだ。


(僕にしか出来ないこと……か)


 本当に、そんな事があるのかな。





 でも、時は待ってくれない。
 否応なしに、僕は決断を迫られる事となる。

「隊長ッ!!」

 翌日、僕はずっと考えていた。昨日から、僕に残された道を考えてはそれにバツを付け、脳内から消し去る。そればかりを繰り返していた。そんな時だった。バンッと僕の席を叩き、凄い形相でやって来たのは木村だった。朝っぱらから何事かと木村を見やる。

「た、大変です!悠生様がッ」
「え……?」

 僕は、木村の話を聞き愕然とする。直ぐには理解しきれず、ハクハクと口を動かすだけ。漸く動けるようになったのは、頭の中で事の重大さが分かってからだった。急いで席を立ち、教室から転がり出る様に走り出す。
 向かうは悠生様の元。走る足が途中で縺れ、転びそうになったって、僕は足を止めなかった。痛い、痛いけど、僕の痛みなんか比べ物にならないくらいに、あの人は痛み苦しみと戦っていた筈だ。


「――――ッ、悠生様!!」


 漸く見えた、目的の人物。人が行き来する中、僕はそれでも構わず大声で叫んだ。周りが何事だと騒いだって関係ない。でも、驚くことに、悠生様のその横にはべったりと他の人物が張り付いていた。
 木村の言った通りだ。

「っ、お前……!」
「おー怖っ。悠生、まーた親衛隊が来たぞ!ホント鬱陶しいヤツらだな!」

 佐伯亮太。何でこいつが悠生様にピッタリくっついている訳!?

「悠生様から離れてよ。さっさとその汚い手を退けて」
「ハハッ!」
「何が可笑しいの……」
「別に?あーそうだ悠生。良いこと思いついたぞ!」

 おかしい、さっきから悠生様が此方を見ない。それどころか、僕と目を合わそうとしない。嫌な予感が胸を過った。

「隊長であるこいつにハッキリ告げてやればいい」
「な、何の話?」

 思わず声が震えた。そして嫌な予感程、よく当たるんだ。


「だからさ――親衛隊を解散させますって話だよ!」


 は……と声にもならない音が、口から漏れる。佐伯が何を言ったのか、僕は聞き間違いでもしたんだろうか。いや、そんな筈はない。今確かにこいつが言った。『親衛隊解散』って。

「な、に言って……」
「だって俺と言う恋人がいるのに、親衛隊なんて居る意味ないだろ!」

 佐伯は、何を言っているの?誰が、誰の恋人?
 話が理解できずに、僕は中々声を発することが出来なかった。そして、無意識に悠生様へと顔を向ける。ビクッと、怯えが隠れる瞳と目が合った。

「悠生、様っ」
「……あ」
「――――悠生」

 ゾクリと背筋が凍るくらい冷たい声を佐伯が発した。その声に、何か言おうとしていた悠生様の口はすぐに閉じてしまう。そして、佐伯はそのまま悠生様の手に自分の手を重ねると、冷たい声を出したとは思えない程の笑顔で悠生様に笑いかけた。


「約束、忘れてないよな!」
「……っ、分かってる……」


 そう小さく呟いた悠生様は、僕から完全に目を背け、そして佐伯の腕を引くように歩き出してしまった。佐伯の笑みがより深くなったような気がした。


「ま、待って下さい!そんな、どうして!?」


 その背に問い掛けるも、返事は返って来ない。けど、佐伯の手を握っていないもう片方の手が、白くなる位握りしめられているのが目に入った。そして追って来ない僕を見て、勝ち誇った笑みを浮かべる佐伯。僕は、ただそんな二人の背中を呆然と見つめるしかなかった。


「なんで……」


 その疑問だけが、僕の中に残った。


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