親衛隊隊長を代行します | ナノ
6

 自販機の前まで連れて来られた僕は、近くのベンチに座らされた。自販機で缶ジュースを買う岩槻様の姿を、ボーッと見つめていると、岩槻様が缶ジュース片手に僕の元へ戻って来た。

「ほれ」

 調子の軽い声で僕に向けて缶を投げて来た岩槻様。僕はなだらかな放物線を描きながら手元に落ちてくる缶を取りきれず、そのまま下に落としてしまった。我ながら鈍臭いと思う。慌てて拾う僕を、岩槻様が不思議そうな顔で見てきた。

「大丈夫か?」
「すい、ません……」

 きっと僕がちゃんと受け取ると思っていたのだろう。でも、僕はアイツと違ってそんなに反応は良くない。そう考えると、アイツはよく僕の身体で動き回れたな。そう言えば言ってたもんね、貧弱な身体だ!てさ。失礼しちゃうよね全く。
 そんな思い出を懐かしむと共に、もうそんな会話も出来ないんだと言う虚しさも押し寄せて来て思わず胸を押さえる。

「お前、なんか変わったな」
「……っ」

 岩槻様も僕の変化に気付いたのか、訝しげな顔で僕をジロジロと見て来た。でも、僕は何を言えばいい?岩槻様は、たぶん綾太の存在に気付いていない。と言うより、元々僕が変わっても気にしてすらいなかったから当然と言えば当然なんだけど。

「最近、会計のヤツも見てねぇし」
「――!」
「もしかして、それとなんか関係あんのか?」

 とは言え、岩槻様はとても勘の良い方だ。だからこそ、この学園の風紀委員長もやっていっているのだから。そんな岩槻様に適当な事を言っても、すぐに嘘だとバレてしまうだろう。僕は覚悟を決めるべく、グッと缶を握った。岩槻様に、話してみようか……そう思った瞬間、別の思いがフと過った。僕は間を置き、前に立つ岩槻様を見つめる。そして純粋に、ただ純粋に気になった事を口にした。
 岩槻様なら、僕と同じ立場に立たされたらどうするだろうかって。それが、聞いてみたかった。

「……もし、自分の中に、もう一人……違う誰かが存在したとしたら、岩槻様ならどうしますか?」
「は?」
「自分じゃないもう一人を、大好きな人が好きになったら……」

 そしてその人が消えて、残されて悲しみに暮れる大好きな人を救うには、岩槻様ならどうしますか?
 突然の質問にポカンと口を開け僕を見る岩槻様だったが、僕が真剣に聞いていると分かったのか、困った顔で頬を掻き、そして「そうだな……」とマジメに考え始めてくれた。顎に手を当て、静かに考え込む。暫くして、考え込んでいた岩槻様がゆっくりと口を開いた。

「全く違う別人が中に居たら、俺ならゾッとするな。たぶん、正気じゃいらんねぇと思う」
「そう、ですか……」

 予想外の言葉だった。岩槻様ほどの人だったら、自分の中にもう一人居ても気にしないと言うか、笑っていられると思っていたから。衝撃を受けた僕が顔を俯かせると、岩槻様が「でも」と言葉を続けた。

「お前は違うだろ」
「え?」
「お前はそうじゃなくて、その別人の存在をちゃんと受け止めたんだろ?」

 今度は僕がポカンと口を開く番だ。意味を一瞬では理解出来なかった。でも、グルグル思考を巡らして、漸くその意味に辿り着く。

「……僕の中に、他の誰かが居たのを、ご存じだったのですか?」
「いや、知らん」
「え……」

 またも考えが外れ、思わず変な声が出る。

「なら、どうして……」
「いや、作り話にしてはお前真剣過ぎるし、本当にあった話なのかと思って」

 そう言って笑う岩槻様は、僕の横に腰を落とした。

「信じるんですか?こんな非現実的な話……嘘かも知れないのに」
「お前、嘘つくようなヤツじゃないだろ?まあ、それに嘘だったらお前のことぶん殴ればいいし」

 一瞬だけ、風紀委員長の顔を見せた岩槻様に身体を震わせるが、岩槻様は「冗談だよ」と言ってまた笑った。この人は、本当に信じてくれてるんだ。こんな、嘘みたいな本当の話を。

「本当は、いけないのかもしれない」
「……」
「でも、もう僕一人じゃ何していいかも分からない」
「三鷹……」
「だから、アイツと話した、アイツが凄く感謝していた貴方に、聞いて欲しい」

 この人なら、きっと信じてくれる。そう思って、僕は岩槻様を見つめる。岩槻様の表情は真剣だった。それを見て僕は、意を決して話し始めた。僕の想いも、アイツの――綾太の想いも、全部。でも、僕は気が付かなかったんだ。話すことに集中していた僕は勿論、話を聞くことに集中していた岩槻様までも、その存在に気が付かなかった。

 ――すぐ傍で、僕らの会話を聞いていた人物に。


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