親衛隊隊長を代行します | ナノ
4


 望んでいなくても、次の朝はやってくる。
 ベッドから起き上がり、窓の外を眺める。窓から射し込んでくる陽の光を見て、僕は何故だか涙が出てきた。





『ごめん……ごめん……今日はもう、帰って……』


 昨日、頭を抱え込み、身体を丸め蹲った悠生様は掠れた声でそう呟いた。僕は、それに返事も出来ずにその部屋を飛び出した。これ以上、泣き崩れる悠生様を見ていられなかったし、そして何より自分の無力さを思い知ったから。僕がこれ以上何を言っても、何をしても、きっとこの人には届かない。それを、知ってしまったから。だから、逃げてしまった。あの人から。
 僕は、あの部屋から飛び出してからずっと後悔している。次の日の朝を迎えたくなかった位に。どうしたらいい?どうしたら正解だった?僕が選んだ答えは、誰の為にもなっていない。護りたい人にも、忘れたくない人にも、僕は何も出来ないんだ。

「っ、う……」

 情けなくて、恥ずかしくてまた涙が溢れて来た。何が親衛隊隊長だ。アイツに偉そうに隊長が何たるかを説いていた自分に腹が立つ。何も出来ないくせに、何も救えないくせに!
 無意識のうちに拳を握り、唇を噛んでいた時だった。いきなり後ろから声を掛けられた。

「――そんな所に立ってられると邪魔なんだけど」
「……ッ」

 こんな朝早くに声を掛けられるとは思ってなくて、思わず身体が跳ねる。けど、よく考えたらとても聞き覚えのある声だ。僕は恐る恐る振り返って、後ろに立っているであろう人物を確認する。

「何泣いてんの、アンタ」
「栗山様……」
「その気色悪い呼び方やめてくれる?」

 うえっと顔を歪めた栗山様は、涙を流す僕を見て不思議そうに首を傾げた。

「何か、雰囲気違うね」
「っ、それは……」

 答えに迷う僕を静かに見つめていた栗山様は、「あー」と言ってポンッと手を叩いた。

「もしかして、アンタが本物の『三鷹弥一』なんだ」
「……!」
「図星?嘘が下手だね」

 綾太がクソ生意気な後輩だと言っていたけど、僕も話してみて感じる。この人の意地の悪さを。そして僕が何も言い返さないのをいいことに、栗山様はどんどん話を続けていく。

「へえ、だから俺を栗山様って呼ぶわけか」
「……」
「そりゃそうか。この前までのアンタなら、俺が邪魔だなんて言ったらすぐ突っ掛かって来ただろうし」

 そう言えば、この人だけだったな。綾太の存在に最初から気付いていたのは。
 もし、栗山様のように綾太の存在を知っていたら。悠生様に、最初から知らせておけば……あんな風にはならなかったのだろうか。あんな、後悔だけが残る結果には、ならなかったのだろうか。考えても考えても、今の僕からは後悔の念しか出て来ない。
 栗山様の出現で一時止まっていた涙が、また溢れる。それを見て、栗山様が溜息を吐いた。

「……何で泣くの?」
「っ、だって、ゆー、せい様がッ」
「藤島先輩が?」
「おかしく、なりそうだって……!」
「……」
「僕じゃ、救えないっ!」

 涙を堪えて笑う悠生様の痛々しい姿が、頭から離れない。どうにも出来ないもどかしさで、僕も頭の中がグチャグチャだ。胸が痛い。

「あー……そう言うこと」

 この人はたぶん、僕が全てを明かさなくても、もう状況を理解出来ているのだろう。
 だって、悠生様が僕の姿をした綾太を好きだったことも、その綾太が悠生様を好きだったことも、この人は知っているんだから。

「なに、その人は死んだの?」
「ッ、な……そんな言い方しないでよ!」

 本人としては悪気があって言った訳ではなさそうだが、僕にとってそれは地雷だ。改めて言葉にされるなんて今の僕には耐えがたい。

「じゃあ何て言えばいいの」
「そ、そんな事改まって聞くことじゃないでしょ!」
「いいから答えてよ」

 やけに真剣な顔で話す栗山様に気圧され、僕は言葉を震わせながら答える。

「っ、死んだよ……」
「なんで?」
「何でって……車に轢かれたんだよッ!それで意識失って目が覚めたら僕の身体に入ったって言ってた!突然横入りしてきたくせに、なのに、いきなり、ひっ、く、また消えてッ……」

 話すたびに目の奥がどんどん熱くなっていき、嗚咽を堪え切れず僕は途中で言葉を切った。

「へえ。本当に『車に轢かれた』って言ってたの?」
「っ、そ、です……」
「本当にそれだけ?」

 しかししつこく聞いて来る栗山様に、僕は再び怒りが込み上げてきた。

「そ、っう、言ってるじゃ、ないですかッ!」
「それで?アンタは何で泣いてるの?」

 その質問には目を丸くするしかない。この人は今まで何を聞いて来たのか。その質問から今の尋問にまで至ったのに、もう忘れたのか。それとも僕を怒らせるため態とやっているのか?どちらにしろ、もう相手をする気にはなれなかった。
 僕は流れる涙を袖で拭い、黙って栗山様の横をすり抜けた。役員様にこの態度、他の人達が見ていたらいくら僕でも色々言われかねない。寧ろこの人にだって何を言われるか分からない。けれど背を向けた僕に栗山様が掛けた言葉は、予想とは違っていた。

「泣いてる暇、ないんじゃない?」
「……え?」
「助けたいとか、護りたいとか、そう言う気持ちがあるなら、泣くより先にすることがあるだろ」

 その言葉に後ろを振り返ると、栗山様は既にその場から歩き出していた。その後姿を眺めながら、僕は今の言葉を思い返す。何だろう、何処となくだけど、今の感じ綾太に似ていた。綾太もそんな風な事を、悠生様に言っていたから。
 落ち込むな、他にやる事あるだろって。


(先に、やる事……)


 もう、自分ではやるべき事はやったつもりだった。でも今の会話の中で、栗山様は何かに気付いていた。
 僕がやっていない何かが、まだある。


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