親衛隊隊長を代行します | ナノ
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 結局あの後、他の役員様に引き摺られる様にして、悠生様は生徒会室から出された。最初こそ抵抗していた悠生様も、食べていないせいで力が出ないのか、最終的に黙って皆様に連れ出されていた。僕は、その後姿をただ黙って見送るしか出来なかった。

「隊長!」
「木村……」

 生徒会室のフロアを出た僕は、荷物を取りに教室へ戻って来た。すると木村が荷物を見ていてくれたのか、教室に残っており、僕の姿を見つけると此方に駆け寄って来た。

「悠生様はどうでした?無事に出て来て……隊長?」
「うん……大丈夫。今、生徒会の皆様と一緒にいるから」
「え?た、隊長は?行かなくていいんですか?」

 浮かない顔の僕を心配そうに見る木村に、僕は小さく頷く。今僕が悠生様の傍に居ると、きっとまた悠生様は僕を通してアイツの面影を求めてしまう。自分で突き付けた現実だけど、僕は悠生様を勘違いしていたのかもしれない。本当は、綾太の事を話すべきじゃなかったのかもしれない。僕は、あの人の寂しさを知っている。そしてその寂しさを、アイツが自覚がないながらも埋めていったことも。

「明日にでも、もう一度会いに行ってみるよ……」
「隊長……」
「荷物ありがと」

 僕を気遣う木村にそれだけ言って、僕は荷物をとって教室を後にした。トボトボと、人気のない廊下を歩き寮へ向かう。

「悠生様……」

 僕が、貴方の為に出来る事は何ですか?
 そう問いたくても、きっと僕に出来る事なんか殆どないんだろうな。今貴方の心の内を占めるのは、アイツだろうから。でもね、悠生様。話すべきじゃなかったのかもしれない、そう思うのに、僕にそれは出来ませんでした。綾太の存在を話さず、僕が変わらず貴方の傍に居ても、きっと直ぐに分かる事だと思います。貴方が見て追っていたのは、僕ではなく、アイツ。
 そしてその僕も、アイツの姿を探してしまう一人だから。


「綾太……」


 ポツリと呟いた名前は、誰に届くことなく静かに消えた。





 そして次の日、僕は学校が終わるとすぐに悠生様の部屋に向った。何でも今日は学校にも来ておらず、部屋から出て来なかったそうだ。けど立て籠もっている訳ではなく、外から呼べば顔は出してくれるそうだ。昨日とは違う様子に、ホッと一安心する。
 今なら、落ち着いて話すことが出来るかもしれない。僕も少しは落ち着いた。だから、今日悠生様ともう一度話そう。このまま、二人で現実から逃げ出すわけにはいかない。それこそ、綾太に失礼だよね。きっとアイツが今のこの状況見たら、拳の一つでも飛んできそう。何してんだ!ってさ。

「よし……!」

 深く息を吸い、気合を入れ直す。見えて来た悠生様の部屋に近付くと、その部屋の前に人が立っていた。あれは、佐伯亮太だ。

「ゆーせい!遊びに来たぞ!」

 チャイムを鳴らしながら悠生様の反応を待つ佐伯に、僕は速足で近付き、しつこく押すチャイムの手を止めた。

「何してんの。迷惑だから止めてよね」
「っ、お前……!」

 僕の顔を見るなり、歯を食いしばった佐伯は、その手を振り払い、僕の胸倉を掴んで来た。グッと喉が一瞬詰まり、思わず咳き込む。そう言えばいつも綾太はこいつに色々されてたっけ。こんな苦しい思いしてたのかと思うと、殴られるんじゃないかと言う恐怖よりも怒りの方が上回った。

「お前が体育祭で悠生に告白してから悠生は変になった!お前のせいなんだろ!」
「そんなのッ、お前に、関係ないでしょっ!」

 これは僕と悠生様と綾太の三人だけの問題だ。確かに僕も関係しているけど、それをコイツにとやかく言われる筋合いはない。ドンッ!と強く佐伯の胸を両手で押し返すと、胸倉を掴んでいた手が外れ、反撃してくると思ってなかったのか、佐伯が目を真ん丸くさせて僕を見ていた。けど、それも一瞬で、頭にきたであろう佐伯が、今度は握りこぶしを作ったのが見えた。

「この、よくも……!」
「人の部屋の前でうるさいよー?」

 佐伯が再度僕に向って行こうとした時だった。扉が唐突に開き、その中から声が掛けられた。昨日とは違う、いつも聞いてきた何ら変わりない間延びした声。僕と佐伯が同時にそちらに顔を向けると、玄関に寄り掛かって僕らの様子を見ている悠生様が立っていた。

「悠生!」
「……悪いけど、今三鷹くんに用があるんだ。また出直してもらえる?」
「え……?」
「悠生、様?」
「じゃあね」
「なっ、悠生!?ちょっと待――」

 バタンッ!と扉が大きな音を立て閉まる。僕の腕を素早く掴んだ悠生様が、佐伯に捕まる前に僕を部屋の中に引き摺り込んだのだ。そしてそのまま扉を閉め、鍵まで掛ける。突然の事に呆然としていた僕は、そのやり取りをただ黙って見ていた。
 外では佐伯が納得いっていないようで、扉を叩く音が部屋に響く。だけどそれだけ。僕に背を向け、扉の方を向いて居る悠生様は、僕と一緒でただ黙っているだけだ。しかし、僕と悠生様の間に流れる気まずい雰囲気は、すぐに壊されるのであった。
 ――悠生様本人の手によって。


「いらっしゃい三鷹くん!」
「……え?」


 パッと僕を振り返った悠生様は、昨日の泣きそうな表情から一変、いつも通り優しい笑顔を向けて来た。"いつも通り"の声、表情。僕の心臓が、ドクリと嫌な音を立てた。


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