親衛隊隊長を代行します | ナノ
1


「――綾太」


 消え入りそうな声で呟き、涙を流す貴方に、僕はただ一緒に涙を流す事しか出来なかった。
 僕には無理だよ、綾太。





 ――あの日から、一週間が経った。
 皆にとっては体育祭が終わって一週間、僕にとってはアイツが消えた一週間と言える。僕は一週間振りに学校へ来ていた。身体的にも精神的にも疲労したからか、僕は体育祭翌日から高熱に悩まされ、ベッドから出る事が出来なかった。そして今日漸く体調が戻り登校したのだが、僕は未だに喪失感から抜け出せないでいた。まるで足が地につかないような、フワフワした感覚。生きてるって実感があまりない。僕の身体、僕の人生なのに、一つ欠けるだけでこんなにも崩れてしまうんだ。

「ウッス三鷹。久し振りー」

 そんな時だった。色々不安定な僕に、近くの席のクラスメイトが声を掛けて来た。

「……おはよ」

 以前は見られなかったこの光景。僕は気軽に挨拶を交わしてくるクラスメイトに戸惑いながらも挨拶し返す。

「体調大丈夫か?何かまだ元気なくね?」
「別に……」
「おいおい、ホントかー。つかもっと嬉しそうにしろよー。愛しの会計様と晴れて恋人になれたんだろ?」

 その言葉に、僕はすぐに反応することが出来ず固まった。僕が来てない間、そんな風に皆には広まってしまったのか。確かに公衆の面前で告白したんだから、そう思われても仕方ないのかもしれない。でも、違うんだ。陽気に話しかけて来たクラスメイトは、固まって動かない僕に首を傾げ、やっぱ具合悪いの?と問い掛けて来た。僕はゆっくり首を横に振って否定の意を示す。

「おーそっか、なら良かった」
「違う」
「まあ具合悪かったら直ぐ言えよ」
「違うんだ」
「え?」

 具合の話じゃない。僕が否定したのはそれじゃないんだ。

「悠生様とは別に、恋人同士でも何でもない」
「え?だってお前、この前の体育祭で……」
「誤解してる人が居たら言っといて」
「いや、でも……」
「よろしく」

 そう言って僕は席を立ち、教室を出て行く。後ろから戸惑う声が聞こえたが、今の僕にはどうする気も起きなかった。そしてこの後の教室での展開は見なくても分かる。皆、口々に言う筈だ。


「なんか三鷹元気ないよなー」
「まだ体育祭の疲れが抜けきってねーんじゃね?三鷹だし。でも確かに、何か感じ変わった?」
「ああ、なんてーの?少し前に戻ったみたいな、そんな感じ?」
「言われてみればそうかも。棘はないけど、でも雰囲気とかは前に近いよな」


 少し様子が変わった僕を見て、皆変わったと言うだろう。でもこの感じ、前にもあったな。アイツが僕の身体に入って、それで僕の様に振る舞えなかった時、それを見た皆がそう言ってたっけ。

(野蛮とか、がさつとか、ホント皆に言われてたよね?)

 何だか懐かしい気持ちになって中に話しかけてみても、反応は返って来ない。僕はそれが分かっているのに、それでも話しかけるのを止めない。今更もう、止められないんだ。


(――ねえ、綾太)


 お前が此処に遺してったモノは、お前が思っていたよりも、結構大きいんだよ。
 そう心の中で呟く。それでもやはり返って来ない反応に、僕は知らず知らずの内に拳を握りしめていた。





「悠生様が、出てこない?生徒会室から……?」


 放課後、寮に戻ろうとゆっくり仕度をしていた僕の元に、木村が血相を変えてやって来た。

「呼び掛けても返事がなくて、それで心配になって……役員様がいらしたので、声を掛けて今開けてもらおうとしているんですが……」

 最後まで聞き終えることなく、僕は走り出した。向かうは生徒会室があるフロア。
 いつから?いつから生徒会室に籠ってるの?あの日、悠生様に全てを話した日から、僕は悠生様と会っていない。僕が学校に行かなかったのもあるけど、その間も悠生様から連絡がくることも、僕から連絡をすることもなかった。多分、無意識のうちにお互いがお互いを避けていたんだと思う。僕を見れば悠生様が、悠生様を見れば僕が、嫌でも現実と向き合うことになるから。


『ハハッ……冗談、きついよ』


 あの日、悠生様は全てを話し終えた僕に向って一言、微かに笑いを含んだ声で、そう呟いた。そしてそれっきり、そのまま何も言わず保健室を出て行ってしまった。僕は引き止める言葉も見つからず、ただ涙を流してその背中を見送った。きっと悠生様は、冗談だと、そう言いながらも全てを理解したんだ。でなきゃ、あんな顔はしない。あんな風に笑顔ともとれない笑みを、悠生様が浮かべる筈ないんだ。
 それを分かっていたのに、僕は……!いつもそうだ。ホント何にも成長していない。失ってからじゃ遅いのに。後々、自分の不甲斐なさに後悔するんだ。


「悠生!悠生!」


 生徒会室の傍までやって来ると、佐伯が生徒会室の扉を叩いていた。傍に役員も居るのに、なぜ扉を開けないんだろうか。そして息を切らしながらやって来た僕に気付いた会長様が、扉に向って叫んだ。

「おい悠生!三鷹が来たぞ!だから此処を開けろ!」

 そう言ってドンドンと強く扉を叩く会長様。どうやら彼らの鍵でも此処を開ける事が出来なかったらしい。と言うか、内側から別の鍵を掛けているようだ。流石の役員様でもそれを開ける事は出来ない。中に居る筈の人物に、開けてもらうしか手がないんだ。

「悠生!!」
「――悠生、様。此処、開けて下さい」

 僕は扉の前に立ち、その名を口にした。シンッと一瞬静寂が訪れる。ダメなのか、誰もがそう諦めた瞬間、ガチャッと鍵が外れた音がした。みんな俯かせた顔を一斉に上げる。

「今、鍵が……」
「――悠生!」

 鍵が開いたのを理解すると、誰よりも早く佐伯が扉を開け放ち、部屋の中へ飛び込んでいく。そんな中僕は、中々足が踏み出せないでいた。佐伯に続いて会長様、副会長様、書記様が部屋に入っていく。それでも足を踏み出せない自分を奮い起こし、僕も恐る恐る足を踏み入れた。


「悠生?おい、悠生?」


 佐伯の戸惑った声が聞こえてきた。僕は茫然と前に立つ役員達の間から、悠生様の様子を窺う。そして、思わず言葉を失った。

「ゆ、悠生!もうそんな仕事する必要ないだろ!?もういいから休めって!お前顔色悪いぞ!」

 鍵を開けた後、また座ったのだろう。悠生様は佐伯に目もくれず机に向かっていた。佐伯の言う通り顔色は最悪だ。目の下の隈が色濃く出ているし、ご飯もあまり食べていないのだろう、あの日の悠生様より痩せて見えた。

「おい悠生ってば!」

 佐伯がずっと書類にペンを走らせる悠生様の腕を掴んで止めた。すると漸く悠生様に反応が見られた。

「……離して」
「な、駄目だ!離したらまたお前!」
「いいから離せ!!」

 悠生様が声を荒げた。流石の僕も、怒鳴る悠生様は初めて見た。佐伯も、役員もみんな初めてなのか、驚きのあまり固まってしまった。掴まれた腕を外した悠生様は、怒鳴ってしまった後悔からか、頭を抱えた。その拍子でペンが下に落ちるも、誰も張りつめた空気の中動くことが出来なかった。

「ゆ、うせい……なんで……」

 そんな中、ショックのあまり佐伯が小さく呟いた。
 そして生徒会室が一瞬静寂に包まれた後、悠生様が静かに声を発した。


「――かっこいいって、言ってくれたんだ」


 え?と言う疑問の声も出ず、僕達は俯き言葉を漏らす悠生様に耳を傾ける。


「仕事してる姿が、かっこいいって言ってくれた」
「――!」


 みんなその言葉に首を傾げる。けど僕は知っている。悠生様のこの言葉の意味を。


「だから、俺、仕事頑張るよ、頑張ってる姿見せたら、きっとまた、かっこいいって言いに来てくれる」
「悠生様……」


 泣くのを堪えて笑う悠生様に、僕は掛ける言葉が見つからず、唇を噛み締める。
 綺麗なその目は、僕を一心に見つめていた。まるで答えを求めるかのように。


「きっと、俺の所に戻って来てくれるよね……?」


 僕はその問いに答えることが出来なかった。


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