親衛隊隊長を代行します | ナノ
6

(俺、ずっと怖かったんだ。お前だけには、嫌われたくなかったから)
(……馬鹿だね。ホント馬鹿)
(ああ、そうかもな。今だって、すげぇ勢いで手の平返されるんじゃないかって怯えてる)
(何それ。お前の中の僕ってそんな性格悪い訳?)
(割とな)
(うざっ)
(なんて、嘘だよ)
(どうだか。まあでも、残念だったね。お前の予想は外れるよ)
(みたい、だな)
(早く行きなよ、馬鹿)
(うっせ、馬鹿馬鹿言うな!)
(ふん、やっとらしくなってきたじゃん)
(…………なあ)
(何さ)


(――ありがとな、弥一)


 人生最後に、お前と出逢えて、本当に良かった。





 走る。走る。息が苦しい、胸が苦しい。
 でも、走る足を止めてはならない。
 逢いに行かなきゃいけない人が居るから。

「……はっ、はっ、お願い、します……ッ」

 漸く辿り着いた目的地。俺は目的の人物の前に立つ。肩で息をするほど苦しそうな俺を呆然と見つめる彼に、手を伸ばして俺は無理にでも笑った。

「俺と一緒に走って、藤島くん」

 俺は返事も聞かず、彼の手を掴んで走り出した。「え、ちょ……ッ」と戸惑う声が聞こえたが、繋がる手を外されることはなかった。前に一組走っているヤツらがいる。でも一人の足があまり速くない様で、今の俺でも追いつけそうな距離だ。俺は、無言で藤島くんを振り返った。藤島くんは俺の言わんとしたことが分かったのか、眉を下げて笑うと、仕方ないなと言う顔をし、俺の手を強く握り返した。
 それが、合図みたいなもんだった。

《おっと!最後まで出遅れていた三鷹選手!なんと生徒会会計の藤島悠生様を連れ、勢いよく走る!》

 三鷹の身体で何処まで走り切れるか分からない。でも、どうしても一位を獲りたい。この気持ちを伝えるには、一位じゃないと意味ないんだ。だから悪いけど藤島くんにも全力で走ってもらう。そう思ってさっき藤島くんを見たんだけど、藤島くんに俺の思いが伝わってよかった。お蔭で、間に合いそうだよ。ありがとう。
 前の一組を抜き、息も絶え絶えな俺は、途中にいるの審判にお題を提示する。

《えっと、お題は――おお!なんと!》

 急にテンションの上がった審判の人に、「もう行っていいか?」と聞くと、どうぞどうぞとニヤリとした顔で言われた。危ねぇ、此処で抜かされたら元も子もないからな。ただ俺が恥ずかしい思いをするだけだ。赤くなる顔を藤島くんに見られない様にしつつ、ゴールまでの残りを二人で走る。
 そして後ろでは、俺のお題が声高々に発表された。


《三鷹選手のお題はこの競技のド定番!『好きな人』!親衛隊隊長としては当然の答えですねー!》


 へえ、ド定番なんだ。と言う間抜けな感想を心の中で述べているが、これはあくまで平静を保つため。何かくだらないこと言ってないと、心の中がグチャグチャになって死にそうだからだ。
 そんないっぱいいっぱいな時に、ギュウッと繋がれた手が強く握られた。残念だけど、後ろは向けない。

「み、たか、くん?え、今の……」
<悠生様……>

 藤島くんがどんな顔をしているのか分からない。でも、戸惑うような声はわずかに上擦っているように思える。そして繋がれた手が、震えていた。三鷹は見えているのか、藤島くんの名前をポツリと呟いたきり黙ってしまった。


《ゴール!三鷹選手、最下位からまさかの一位です!》


 ゴールまでそんな距離なかったのに、えらく長く感じた。藤島くんと言葉を交わしていたわけでもないのに。ゴールテープを切った感触も無くて、俺と藤島くんはゴール地点で不自然に立ち止まる。

「あのさ、三鷹くん。今の――」

 藤島くんに声を掛けられ、思わず肩が跳ねる。繋いだ手が熱い。
 よく考えたら大分無茶したな俺。三鷹に背を押してもらって、お題が好きな人だからって藤島くんを連れ出して。でも、そっか。俺、伝えられたんだ。自分の気持ち。伝えちゃいけないって、思っていた相手に。

「その、今のはっ」

 何か答えないと。そう思って口を開いた瞬間に、繋いでいた手が外された。突然のことでびっくりしていると、藤島くんも同じだったのか、目を真ん丸くさせて、俺達の手を外した人物を見ていた。え、つか、こいつ……。

「はいはい一位の人はこっち。藤島先輩はご自分のお席へ戻って下さい」
「は!?何で樹が此処にッ」
「うおっ、ちょ、押すなよ!」

 グイグイと背中を押され、俺は一位の旗がたてられた場所へと誘導される。後ろで藤島くんが「三鷹くん!」と叫んでいるが、此処は素直にこの樹に従った方がよさそうだ。俺の身体の為にも。もう心臓がバクバクいってきっとあれ以上傍に居たら持たない。

「て言うか何で樹が誘導係?生徒会がこんな風に関わって平気なのか?」
「一人体調不良の生徒が出て、そいつの代わり。そいつ、実行委員だから」
「へえ、でも意外だわ」
「俺もやりたくなかったけど、まあ面白いもん見れたし、別にいいかな」
「面白いもん?」
「いやー、さっきの藤島先輩の顔。面白かったなぁ。写真撮ればよかった」

 そう言ってニヤニヤ笑う樹を見て、漸く意味を理解した。成る程、さっきの絶妙なタイミング、全て図ったなコイツ。何だかこいつの暇つぶしに付き合ってしまった様で腹立つわ。

「これで明日の一面記事は決まりだね。ご愁傷さま」
「うっせ」

 こいつとは、そう言えばあの日以来だったな。でも今にして思えば、こいつが居なきゃ俺は俺の心に向き合うことはなかったと思う。何も分からず、何も考えず、そのまま生を終えたと。でもそうじゃない。俺は最後まで"香坂綾太"だったと胸を張って終われるのは、正しくコイツのお蔭だ。だから、コイツにも言っておこう。

「樹」
「何。俺忙しいんだけど」
「悪い、あのさ――」


 ――ありがとう。
 そう言う筈だった言葉は、出てこなかった。





 急がないと。
 早く、早くこの競技が終わるのを祈り、そして漸く借り物競争は終わった。俺はすぐ彼の傍に行けるようにとゲートで待っていたのに、会長に捕まり一度生徒会本部へ連行された。そして今やらなくてもいい仕事を回されて、俺はキレながらそれを放置してまた慌ててゲートへと戻った。するとタイミングよくゾロゾロと人が出てくる。
 だが、そこに三鷹くんの姿がない。いくら探しても、いくら待ってみても、彼は出てこなかった。俺は急いで実行委員のテントに居る樹の所へ走った。

「樹!おい!」
「……何ですか」

 物凄い剣幕で詰め寄る俺に、今度は樹が面食らったような顔をしている。けど今はそれどころじゃない。

「三鷹くんはどうしたんだよ」
「……」

 しかし三鷹くんの事を訊ねた瞬間、樹は珍しく困った顔をした。このクソ生意気な後輩がこんな顔をするって、どう言うことだ。心臓が、嫌な音を立てる。


「あの人なら、走って校舎の方へ行きました」
「……え?」
「人の制止を振り切ってまで……あんな、蒼い顔して……」


 俺は、最後まで聞くことなくその場を走り出した。
 今行かないと、取り返しのつかない何かがある。

 そんな予感がしたから。



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