親衛隊隊長を代行します | ナノ
3

 楽しいことも、嬉しいことも、悲しいことも、辛いことも、此処に来てから色々な思いをしたな。まさか最後の最後にこんな事があるなんて思いもしてなかったのに。口うるさい身体の持ち主と共存して、そいつの好きな人を俺まで好きになって、ホント俺何してんだ。
 でも、漸く一人で考えて、思えてきたことがあるんだ。好きになって辛い、自分を見てもらえないのは辛い、友達を裏切るのは辛い。そう思ってる。けど、それだけじゃないんじゃないかって。この出会いには、何か意味があったんじゃないのかって、皆を振り回してる俺が此処で生きた意味があったんじゃないかって、そう思えるようになったんだ。
 三鷹なんかに言ったら一蹴されそうだけど、でも――そうだったらいいな。

 



《今から金城学園体育祭を始める》

 うぉぉぉ!と雄叫びの様な歓声が上がり、俺は乗り切れずに中途半端な声しか上げられなかった。それは逆に恥ずかしい。

《優勝したチームには豪華賞品が待っています》
《赤、青、白、黄、緑の五チームで競ってもらうけど、俺はどこのチーム、応援しようかなぁ?》

 そう言って、妖しい笑みを浮かべた壇上の藤島くんが、俺を見た気がした。あ、気がしたんじゃなくてマジだった。手振ってるし。

《みんな、頑張って》
《じゃ、健闘を祈ってまーす》

 挨拶を済ませ壇上を降りる生徒会役員。藤島くんと樹以外仕事をしていないと言う割に、まだこんな人気あんのな。まあアイツらが仕事を終わらせてるから、無能な生徒会とまでは思われていないのかもな。
 そして開会式も終わり、いざ開幕。俺は白のチームだから東側に移動せねば。そう思いそちらに足を向けた瞬間、腕を誰かに掴まれた。

「っ……」
「やっほ、三鷹くん。何か久し振りだね。……元気だった?」

 俺の腕を掴んで来たのは、先程まで壇上で挨拶をしていた藤島くんだった。態々チームも違うのに声を掛けに来てくれたのか。でも、こいつの言う通り、久々な気がする。あの日、返事を気長に待つと言ってくれた日から、殆ど会っていなかったから。メールはよく来たけど、俺の前に姿を現すことはなかった。それは恐らく、俺に心の整理をつけさせる為。凄く気を遣わせたんだ俺は。でもお蔭で、色々な事を考えることが出来た。こうして、藤島くんを見て変にドキドキするような事はなくなった。
 少し、前の俺に戻れたかな。そう思って笑みを浮かべると、それを見た藤島くんも嬉しそうに笑った。

「おう。今日はお互い頑張ろうな。お前殆ど出ないんだっけ?」
「ううん。リレー、出る事にした」
「え?マジで?」

 ゆっくりしたいとか言ってた気がしたのに、どう言う心境の変化なんだ。俺が心底不思議にしているのが伝わったのか、藤島くんが若干照れた様に頬を掻いた。

「んー、まあ、三鷹くんに格好いい姿見せたかったし」
「え?」
「ふふ、じゃあまた。良ければ後で一緒にお昼食べよ」

 あ、おい。と声を掛けるも、そのまま藤島くんは走って自分のチームへ行ってしまった。何だ今の、どう言う事だ。格好いい姿を見せる為にリレーするとか……そんな事本当にするのかよ。何て言うか、真っ直ぐだよなアイツ。無駄にストレートだよ。思わず熱くなる顔を隠しながら、俺もチームへと急いだ。くそっ、早く顔赤いの治まれ!





 俺の出番まで、あと少しと迫った。借り物競争は午前の内に終わるらしく、俺は今か今かとその時を待つ。すると、俺のすぐ隣に大きな影が出来た。ん?何だ?

「よ。同じチームだな」
「うわ。藤島くんもそうだけど、恐ろしく体操服が似合わないなお前」
「開口一番がそれか」

 何しに来たのか、何故だか俺の隣に岩槻が立っていた。しかも同じチームだったのか。気付かなかったぜ。

「何してんのお前」
「んー?賭けの勝敗を間近で見ようと思ってな」

 岩槻の言葉に、俺はああ!と声を上げた。
 忘れてた。そうだそうだ、確かに岩槻と賭けの話をしたな。俺が勝ったら岩槻が、岩槻が勝ったら俺が何でも一つ言う事を聞くんだったか。よく覚えてたな。まあ提案したのコイツなんだけどさ。つか、本気だったのかと言うのが俺の本音だ。

「……仲直り、出来たみたいだな」
「ん?ああ、元々仲違いなんかしてねぇよ。俺が勝手に混乱してただけだし」
「へえ」
「悪いな、お前にも迷惑かけたよ」
「かけられた覚えはないな」

 岩槻は笑いながら言ってるから、俺の言葉を本気と受け取っていないのかもしれない。でもな岩槻。本当なんだ。俺、何だかんだお前に助けられたよ。だから今のは、俺の本気のお礼。

「岩槻」
「あ?」
「――」

 俺の言葉と、スターターが撃った合図の音と歓声が見事に合致した。間の悪さに思わずガクリと芸人ばりにコケる。やっぱり岩槻も聞こえなかったようで、ん?と言う顔をしていた。けど、悪いな。もう一度言う程恥ずかしいものはない。だから俺は何でもないと首を振った。

「そっか。んじゃ俺は向こうで見てるよ」
「ああ。負けないからな」
「楽しみにしてる」

 そう言ってニッと笑う岩槻に拳を突き出すと、岩槻も俺に拳を向けてくれた。そしてそのまま背を向け行ってしまう。その背中に、俺はもう一度小さく声を掛けた。気付かれはしないと、分かってて。


「――ありがと」


 これが、俺と岩槻の最後の会話だった。


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