親衛隊隊長を代行します | ナノ
2


 もう、俺の意識が三鷹の中になくても、聞こえるようになった砂の音。俺が初めて聞いた時より砂の音は早くなっている様だった。終わりの時間は、刻一刻と迫ってきている。

「三鷹くん。おはよう」
「……はよ」

 朝一、扉を開け部屋を出ると、すぐ傍に藤島くんが立って居た。俺が出てくるのを待っていたのだろう。ニコッと一つ笑みを浮かべた藤島くんは、そのまま俺の隣を歩いて来る。

「昨日帰っちゃったんだね。急いで帰って来たのに居ないからびっくりしたよぉ」
「……悪い」

 とは言っているが、こいつは俺が帰るのを見越していた筈だ。もし本当に帰って欲しくなかったのならあの文面にちゃんと残していくだろう。

「それはそうと、昨日の返事だけどさ」
「――!」
「今ここで、くれない?」

 昨日の返事。その言葉に、俺はその場で足を止めた。藤島くんが真剣な表情で見つめてくる。でも、俺はその目を見つめ返すことが出来なかった。思わず顔を俯かせる。昨日キス以上の事はしていないと三鷹は言っていたが、まさか告白の返事もしてないなんて、俺には予想外の事だ。てっきりもう返事はしたのだと思っていたのに。

「三鷹くん?」
「あ……その……」

 好きだと、三鷹が好きだと藤島くんは言った。そして、その『三鷹弥一』も藤島くんが好きだ。相思相愛、そうだよ。お前の想いは報われたんだよ三鷹。それなのに、この俺が表に居るばかりに、自分の想いを伝える事さえ出来ない。
 返事をしないといけないのは、俺じゃないのに。その想いを向けられているのは、俺じゃないのに。三鷹、助けてくれ、三鷹。もう俺は分からないよ。俺が、これ以上この場所に留まり続ける意味が分からない。もう未練なんかない。このまま消えて構わないから、だから――。


(助けて、三鷹……)
<ッ……こ>
「あー、やっぱ保留でいいよ」
「え?」


 心の中で三鷹に助けを求めた瞬間、頭の上にポンと手を置かれた。勿論藤島くんの。俯く俺の顔を覗き込むその顔は、とても優しかった。

「勿論、今すぐ返事が欲しいのは山々なんだけど……」
「あたっ」

 そう言って俺の額を人差し指で軽く一突きした藤島くんは、今度はニカッと清々しい笑顔を浮かべた。

「そんな顔させるつもりで告白したんじゃないからさ。三鷹くんの考えが纏まるまで、優しい優しい悠生くんは気長に待つとしよう」
「ふ、じしまくん……」
「それで、もし三鷹くんの答えが出たら、一番に俺の所まで走って来てね」

 ――約束だよ。
 それだけ言い残すと、彼はそのまま歩いて行ってしまった。もしかして、俺が困っていたのに気付いたのか?それで気を遣って時間をくれたのか?本当は今すぐにでも三鷹に飛びつきたいのかもしれない。相思相愛なら、そりゃ早くベタベタいちゃつきたいよな。それなのに、自分の事よりこっちを心配してって、お前……。

「かっこよすぎかよ」

 だめだ。胸が高鳴る。乙女かっつーぐらい、今心臓が鳴ってる。この感情は、忘れようにも忘れられない。これは、俺がアイツをどれだけ好きかと再確認させられている様なものだ。あー、もう。ホントに俺、アイツが好きなんだな。馬鹿過ぎて笑えるわ。自嘲の笑みを浮かべながら、俺はフと掲示板を見上げる。


「体育祭……か」


 今週末にある体育祭のお知らせ。それを見上げながら、俺は今日も一人悩み続ける。
 その時まだ、俺は知らなかった。この日が、俺と三鷹と藤島くんの、運命の日になることを。


prev next


bkm

top