親衛隊隊長を代行します | ナノ
1

 あれだけ試しても出来なかったのに、あの瞬間、俺と三鷹の精神は簡単に入れ替わった。こんなにも簡単に出来るのだったら、俺が三鷹の身体に入ったあの日、直ぐに入れ替わりたかった。そうすれば、三鷹を知る事も、藤島くんを知る事もなかったのに。
 きっと残りの時間、俺はこの暗闇の中で、砂の音が止むその最後の時まで此処で過ごす事になるだろう。そう思っていたのに、神様は何処までも残酷だった。

「……戻ってる」

 どのくらい時間が経ったのかは分からない。でも、三鷹と藤島くんの声が徐々に遠くなっていって、たぶん三鷹がよくなっていたように、俺も眠ってしまったんだろう。でも、目が覚めたらこれだ。ソファーから起き上がった俺は、俺の思い通り自在に動く三鷹の手をぼんやり見つめながら呟いた。そしてすぐ傍の机には、藤島くんからの手紙が置いてあった。「生徒会の仕事があるから一旦戻るね。ゆっくりしていって」と。思わず頭を抱えた。
 どうして、何でだ。何でまた三鷹の身体に戻ってるんだよ。急がないと。早く、早く三鷹に返さないと。簡単に入れ替われたならまた戻れるはず。そう思い念じるが、あの時のようにはいかない。中々上手くいかず困惑する俺の中で、小さく呟く声が聞こえた。

<――香坂>

 三鷹の声だ。三鷹が、俺の名前を呼んでいる。
 怒りを含んだ声でも、悲しみを帯びている声でもない。感情が読み取れないその声色に、思わず身体が震えた。

「み、たか」
<香坂、僕……>
「ごめん、三鷹。ごめんな」
<え?>

 三鷹が話し出す前に、俺の口からは懺悔の言葉が溢れだす。
 本当に思うよ。お前を知る前だったら、お前の良ささえ分からなければ、俺はこんな後悔することもなかった。お前がどんなに不器用で、どんなに優しくて、どんなに藤島くんを大事に思っているか知ってしまったからこそ、俺はお前に謝らないといけない。身体を奪ってごめん。まだ消えてなくてごめん。変な事に巻き込んでごめん。お前の時間を奪ってごめん。
 お前の大事な人を、好きになってごめん。
 俺は嘘をついてた。お前の代わりになりたかったのは確かなのに、俺は皆が自分を見ないことに恐怖を覚え始めていた。香坂綾太じゃない、皆が見ているのは三鷹弥一で、そしてアイツがその目に映しているのも、三鷹弥一だ。なら俺はどうすればいいんだ。香坂綾太としてアイツに会うことが叶わない俺は、一体どうすれば報われる?そう、俺が藤島くんと居る為には三鷹弥一になるしかなかった。俺じゃ、どうしたって三鷹にはなれないのに、俺はお前になりたかった。きっと、藤島くんの為に何かしてあげたいと思った頃から、自覚がないだけできっとそう言う感情を抱いていたんだと思う。隊長の三鷹なら何をするか、てさ。樹に三鷹じゃないって言われて混乱したのは、恐らくそのせいだ。お前に言われなくたって分かってる。俺は、三鷹にはなれなかったのだから。
 結局、俺はどう足掻いたって香坂綾太としてしか生きられなかったよ。


「本当にごめん……」
<ッ、何謝ってんだよ!!>
「……え?」
<いい加減にしろ!僕が欲しい言葉は、そんな言葉じゃない!僕に言わなきゃいけない言葉は他にあるだろッ!!>


 俺の謝罪を一蹴した三鷹が、中で怒号を飛ばした。ビリビリ響く程怒鳴られたのは初めてのことだ。三鷹が怒るのも無理はないって思ってた。だから謝るしか出来ない俺は、ただひたすら謝ろうって。けど三鷹は違うと言う。ならどうすればいい。どうすればお前に許して貰えるんだ。俺は、お前に嫌われるのが怖い。そんなヤツだったんだと、お前に失望されるのは怖いんだ。

「ごめん、俺は……」
<僕の話も聞かないでッ、散々無視した挙句、何であそこで僕に身体を返した!!>
「そ、れは……」
<僕がそんな事されて喜ぶとでも思った!?泣いて感謝されるとでも思った!?>
「違うっ、俺は!」
<見縊るなよ!言っとくけど、お前がしたことはただの自己満足だから!>
「違うッ!大事な事だ!今は納得出来なくても、この先の将来、藤島くんと幸せになる為には必要な事だ!!」
<はあ!?馬鹿も此処まで来ると救えないね!お前は僕の将来の為にやりましたとか、正当化する理由が欲しいだけでしょ!そうでないと自分が傷つくから、そうやって目の前のことから逃げるんだ!>
「ッ、うるせぇ!お前に何が分かる!未来があるお前に、お前なんかに、俺の何が……!」
<――ッ!>

 中で三鷹が息を詰まらせたのを感じ、俺は瞬時に後悔した。完全な八つ当たりだ。不意に出てしまった言葉は、三鷹を傷つけるものでしかなかった。違う、俺はこんな事を言いたいんじゃないんだ。でも、何て言えばいい。謝る以外の方法しか思いつかなかった俺には、お前の望む答えなんか出せないよ。
 息苦しいほどの沈黙。謝罪の言葉も正しい言葉も口に出せず黙り込む俺に、三鷹が苦し気に何か呟いた。

<友達だって言ったのは、お前の方なのに……ッ>
「え?」

 あまりにも小さな声で、よく聞こえなかった。でも、それをもう一度言ってくれる訳はなく、今度は長い溜息を吐いたのが聞こえた。そしてその直後、グッと伝わって来た強い感情。それは怒りでも悲しみでも喜びでもない。強く、何か決意した頑なな心だ。


<――決めた。お前が僕に言わなきゃいけない事を言うまで、僕は一切口きかないから>


 間抜けな声だけが、部屋に響いた。
 三鷹に言わなきゃいけない事……それは一体なんだ。そう思い真意を訊ねても、中に居る筈の三鷹はうんともすんとも言わない。寝ている訳ではなく、本当にただジッと口を閉じているようだった。何だよ、何で分かってくんないんだ。

『僕の将来の為にやりましたとか、正当化する理由が欲しいだけでしょ!』

 でも、痛いほどにその言葉は胸を衝いた。
 だって、仕方ないだろ。本当の事だ。せめて最後、俺がお前に何かしてやれることなんて、何も残ってなかったんだから。

<……でも、最後に一つだけ>
「え?」
<さっき悠生様とは、キス以上のことしてないから>
「なっ…」

 置手紙の内容から、そう時間が経っていないのは何となく分かったが、でも三鷹と藤島くんがキス以上の事をしてないって、何があったんだ。だって二人はもうそれ以上の事を沢山やって来ている筈なのに。それをしないのには、何か理由があったのか?三鷹の親告を聞いて動揺する俺だったが、最後にと言った三鷹は、本当にそれ以降声を発しもしないし、反応もしなくなってしまった。
 思わず途方に暮れる。三鷹は、何を考えてるんだ。俺にそれを言って、どうして欲しいんだ。分からない、もう頭の中がグチャグチャで、何を考えたらいいのかも分からない。


prev next


bkm

top