親衛隊隊長を代行します | ナノ
6

「それじゃ、俺行くわ。またな」
「え、あ、うん。ありがとな岩つ……ッ、うわ!ちょっ!」
「行くよ」

 険悪なムードを先に立ち切ったのは岩槻だった。藤島くんの顔を見ずに俺に挨拶をして立ち去ろうとした。俺はそれに応えようと手を上げたのだが、藤島くんはその手を掴みそのまま俺の手を引いて歩き出してしまった。
 速足で歩く藤島くんに一生懸命着いていく俺は足を動かしながら、チラリと後ろを見る。すると岩槻が「頑張れよ」と口パクしたのが分かった。もしかして、一人だけの問題じゃないって言ったのは俺と藤島くんの問題って意味で言ったのかもしれない。俺の正体の話じゃなくて少し安心した。だが、問題はこっちだ。そう思い藤島くんの背中を見つめる。ただ手を引かれてるだけなのに、彼に触れられてる部分が熱く感じる。

「藤島くん、手、離してよ」
「ヤダ」
「もう逃げないから…」
「俺の部屋に着いたら離す」

 俺の部屋って、藤島くんの部屋に行くのか?
 驚いて藤島くんを見るが、前を向いて居る為その表情は窺えない。でもその声は、いつも聞いている声とは違い幾分か低い。やっぱりいきなり逃げたのがいけなかったのかな。まあそうだよな。呼び止める声も無視して逃げた訳だし。でも、もしこのまま部屋に連れて行かれても、俺は何も答えられない。きっと何で俺が逃げたのかを聞いてくるだろう。でも俺は、とてもじゃないが口に出せないよ。本当は、今すぐにでもこの手を払って逃げたい。

「黙って俺についてきて」

 そんな俺の気持ちを見透かしている様に、藤島くんは俺の手を掴んで離さない。もう、逃げ場はない。





「そのままリビングまで進んで」

 後ろでガチャッと鍵を閉める音がして、思わず身体が跳ねる。俺は泣きたくなる衝動を抑えて、リビングへ足を進めた。
 あの時以来だな、この部屋に来るのは。俺が、初めて三鷹の身体に入り込んだ時。その時は色々最悪だったな。目が覚めた瞬間男に犯されてるわ、入った身体の持ち主は煩いわ、この学園変だわで俺の想像を遥かに超えていたよ此処は。けど、何でだろう。出会いは最悪で、あの時はそんな風に一度も思わなかった。きっとこの先も、そんな感情、絶対持つことはないって思ってたのに。
 なのに、どうして俺は――。

「そこのソファーに座――え?」

 藤島くんが驚いた声を上げたのが聞こえた。何で驚いてるのかは分かってる。きっと表情も驚いた顔をしていることだろう。けど、俺にはその顔が見えない。

「何で泣いてるの?」

 心配そうに俺の顔を覗き込み、頬を摩る藤島くん。でも俺は掠れる声で、何でもないとしか答えられなかった。

「何でもない人は泣かないよ」
「ッ、ホントに、何でもない、から」
「岩槻には話せて、俺には話せないの?」
「そう、じゃない……俺は……ッ」

 そこで、俺の言葉は途切れた。
 強い力で腕を引かれ、次の瞬間には強く抱き締められていた。藤島くんが、抱き締めている。それに気付いた俺は、慌てて身体を離そうとした。

「ふ、じしまく…」
「樹と二人で話してる姿を見るのも嫌だ」
「え……?」
「岩槻に弱ってる姿を見せてるのも嫌だ」

 言われた意味を理解できず固まる俺を余所に、藤島くんはどんどん言葉を重ねていく。その声はとても穏やかで耳に優しい。

「泣いてる姿を見れば俺も悲しくなるし、逆に笑顔にさせたいって思う。俺さ、こんな風に誰かを想うことなんて一生ないと思ってたよ」
「……」
「誰かと一緒に居れば嫉妬する。何で隣にいるのが俺じゃないのかって、どうして俺に頼って来てくれないんだって、他の誰かと居る度に思うよ」

 藤島くんがどう言う表情で思いを伝えてくれているのか、見なくても分かる。きっと、酷く優しいあの顔で、この思いを吐き出してくれているんだろう。自分の気持ちに気付いた時から、何となく分かっていた筈だ。彼が抱える思いに。そしてこの思いは、俺が聞いてはいけない物だ。これを聞かないといけない人間は他に居る。俺が聞くべき言葉じゃないんだ。
 だって、彼が本当に思いを伝えたい相手は、俺じゃないから。


「――え?」
「俺、三鷹くんが好きだよ」
「な、んで……」
「好き、大好き」


 ――何で、香坂。
 そう呟いた三鷹の言葉は、藤島くんの唇によって遮られた。俺は、耳を塞いだ。暗い暗い闇の中でただ流れ出る涙を拭くことすらせず、蹲って。


「っ、ゆ、悠生、さ…んむッ!」
「弥一……好きだよ、本当に、好きなんだ」
「ぁ、だめッ、待っ…!」
「お願い、少しだけ、少しだけでいいから、触りたい」

 きっと、藤島くんのお願いを三鷹が無碍にすることはないだろう。
 三鷹の制止の声を全て飲み込む藤島くんは、ただずっと、呼吸の合間に名前を呼び続ける。

「弥一」

 俺の好きなあの顔で。

「弥一」

 俺の好きなあの声で。

「大好きだよ、弥一」

 ただひたすらに、三鷹の名前を呼び続ける。耳を塞いだって、目を閉じたって、お前の声は俺の中に響いて来る。これでいいんだ。こうであるべきなんだ。三鷹も、そして藤島くんも、これで幸せな筈だ。なのに、どうして俺は泣いている。
 ――どうして、背後から聞こえる砂の音に怯えてるんだ。

「俺を見て、弥一」
(違う、違うよ。藤島くん)

 それなのに、芽生えた気持ちは押し込めることも出来ず、溢れだすばかり。

「弥一の言葉が聞きたい」
(その名前で、呼ばないでくれ)

 こんな俺を、誰が好きになるって言うんだ。

「好きだよ」
(俺も、好きだ、好きだよ。だから――)

 そんな浅ましい自分に思わず自嘲する。


(俺の名前を呼んで)


 ――俺の声は、大好きな人の元へは届かない。


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