親衛隊隊長を代行します | ナノ
4


「何急に、何なの」
「俺勝手に勘違いしてお前に酷い事言った」
<香坂……>
「ホントごめん!!」

 深く頭を下げて樹に謝る。だが樹からの反応がない。恐る恐る顔を上げて樹を見ると、樹は俺の方など見向きもせず書類を纏めていた。え、何、どういう事。

「おい…」
「分かったから静かにしてくれる?俺書類取りに来ただけだから」
「はあ!?お前、人が謝ってるのに……!」

 いや、だけどこいつがこう言ってるって事は許してくれたって事なのか?それとも最初から気にもしていなかったのか?どちらにせよ、怒っている訳ではなさそうだ。そうと分かると、何か安心する。

「ありがと…樹」

 そのお礼にも返事はなかったが、伝わっているのは何となく分かった。
 そうこうしている間に、樹は書類を集め終わったのか鞄に詰め込み始めた。俺は俺で藤島くんが来るまでにお茶の準備でもしているかな。そう思い給湯室に向かおうとした俺に、樹が声を掛けて来た。

「アンタさ、藤島先輩が好きなの?」
<――!>

 ――え?
 突然の質問に、俺は答えられなかった。徐に振り返ると、無表情の樹が俺を見ていた。その表情からは感情を読み取れない。コイツが何を考えてそんな質問をして来たのか、全く分からない。

「な、にが?」
「だから先輩の事、好きなんでしょ?」

 疑問から確定に変わった言い方に、俺はハハッと乾いた笑いを零す。悟られるな、この目の前の後輩に、俺の心を悟られてはいけない。

「何言ってんのお前、いきなり」
「藤島先輩はあからさまだけど、アンタも大概分かり易いよね。まあ先輩は気付いて無さそうだけど」
「は?」
「見てれば分かるよ。アンタが藤島先輩を好きなのが」

 コイツは何を言ってるんだ。俺は、三鷹弥一だぞ。そんなの当たり前の話だ。

「当然だろ。お前、俺が親衛隊隊長なの分かってんだろ?親衛隊はそもそもソイツに好意が無きゃ――」
「俺はアンタの話をしてるんだけど?」
「……は?」

 ドクリ、心臓が嫌な音を立てた。

「な、何言って……」
「前々から思ってたんだけど、アンタって三鷹弥一じゃないでしょ?」
<ま、まさか……>

 中で三鷹が呟いた。「気付いてるの…?」と。俺は頭の中で考えた。誤魔化す方法を。足りない頭で懸命に。
 違う、違う。俺は三鷹弥一なんだ。





 時が止まったように動かなくなったソイツが、また乾いた笑いを漏らした。

「な、何馬鹿な事言ってんだよ…そんな訳ないだろ」
「此処の人達って大雑把と言うか、あんま気にしないみたいだけど、俺はすげー気になるね。その豹変ぶり。もう別人って言っていいレベルでしょ」
「いい加減にしろよ!違うって言ってんだろ!」
「この間話して思った」

 傲慢だと言うのは確かにそうだったし、間違っていない情報だ。けど話し方、性格、仕草、全てが変わったこの人は、もう三鷹弥一とは言えない。けどそれを追求したら、ソイツがまた掴みかかって来た。この喧嘩っ早さも、前は無かった筈だ。俺は一度しか話したことないけど。

「別に誰かに言おうとか思ってないよ。別にいいじゃん三鷹弥一じゃなくても」
「違う!俺は三鷹弥一だ!」

 自分は三鷹だと言い張るソイツに、俺も思わず表情を崩した。理解できないな。別にいいって言ってるのに、こいつにとってはそうは割り切れないらしい。面倒な事に首突っ込んだな。途端に億劫になった俺は、掴まれた胸倉を外しながらこの話を打ち切る事にした。

「違う違う!本当に俺は三鷹なんだ!」
「はいはい。もう分かったよ」
「聞いてくれ!俺は本当に……っ」
「分かったって、うるさいな」

 鬱陶しい。俺は軽く肩を押してソイツから離れた。別にこの人が偽物だろうが本物だろうが俺には関係ない。ただ少し面白そうだから聞いただけだ。この人と藤島先輩のじれったい様子を見てたらちょっと気になったから。こうなるんだったら聞くんじゃなかった。

「じゃあ俺もう行くから」

 さっさと逃げよう。そう思って鞄を掴んで部屋を出ようとする。けど藤島先輩は、この人が三鷹弥一ではないと知っているのだろうか。そんな事を思ったが、首を突っ込むと碌な事がないと今知った俺は、その考えを振り切るように首を振る。まあ、どうでもいいか。
 そして、扉に手を掛けた瞬間だった。


「ハッ、ぅ、ちっ、違…ッ」
「――!」
「違う、三鷹、違うんだッ、俺、は…」


 苦し気な声に振り返ると、蹲る三鷹弥一の姿があった。頭を抱え、違う違うと何かを呟いている。

「ちょ、大丈夫?」
「俺は、三鷹弥一なんだッ」
「だからそれはもう……」

 いい、と言おうとした俺は、顔を上げたその人を見て驚いた。
 その瞳の虚ろさに。

「三鷹で居ないと、駄目なんだ…ッ」
「ちょっと…」
「俺の意志とか、関係ない」
「は?」
「俺の気持ちなんか、どうでもいいんだ!!」

 そう言って叫ぶその目は、隣に居る俺なんか映していない。そう、まるで違う誰かに叫んでいるような感じだ。マジでマズイ地雷をつついてしまったかもしれないと思い、俺はその小さな肩を掴んだ。

「落ち着けって」
「うるさい!!俺を見るな!!見るな見るな!!」

 今度は俺がその手を振り払われ、思わず後ろに倒れ込む。片手で顔を覆って目をかっぴらいているその人は、俺にはとても怖がっているように見えた。
 この人が何に怯えているのか、俺には分からない。けど、今は落ち着かせないと。そう思って身体を起こし膝をついた時だった。後ろで扉が開く音がした。


「――三鷹くん?」


 凄いタイミングで来るなこの人。
 そう思わずにはいられない状況に、俺は内心舌を打つ。


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