親衛隊隊長を代行します | ナノ
3

「アンタさ、藤島先輩が好きなの?」
「――」


 その言葉に、俺は何も返すことが出来なかった。





 俺は最近、夏休みだけでなく授業が始まってからも生徒会室に顔を出すようになった。理由は勿論藤島くんの手伝い、と言うか監視だ。監視と言うと聞こえが悪いが、少し目を離すとアイツは何も食べずに籠って仕事をする。そうすると隊の子が心配して様子を見に行ってくれと騒ぐので、だったらもうちょくちょく行くようにしようと三鷹と話し合った。
 勿論藤島くんは驚いていた。けど俺がその理由を述べるとすぐに嬉しそうな顔をして言った。

『ホント?毎日、俺に会いに来てくれるの?』
『毎日じゃねぇよ。でも結構頻繁にはなるかもしれないから、宜しく。欲しい物とかあったら先に連絡……って、うぉい!何してんだよ!』
『んー、何が?』
『ななな、何がって何抱き付いてんだよッ!』
『ちょっとした充電だよー。三鷹くんは俺の親衛隊隊長なんだからこれ位いいでしょ?』
<勿論です悠生様!抱き締めるに留まらず僕の身体をもっと好きに……!>
(オメーは黙ってろ!!)

 誰も居ないのをいいことに俺を抱き締めて来た藤島くんに、俺は一発拳骨を食らわし何とか黙らせた訳だが、まあそれから結構この生徒会室に来ているのだ。今だって先に行っててと言われたから生徒会室の前でアイツが来るのを待っている。しかし、一向に来ない。どうしたものかと壁に寄りかかった俺は、エレベーターの表示が上がって来ているのに気付いた。
 もしかしたら藤島くんが来たのかもしれない。そう思ってそちらに視線をやる。しかしそこに現れた姿に、思わず目を瞠る。


「あれ?何でいんの?」
「お前こそ、何してんの……」


 年下のくせに随分な態度でやって来たのは、この間知り合った栗山樹だった。俺が居るのが心底不思議なのか、目を真ん丸くさせながら生徒会室の前までやって来た。

「お前、何して……」
「何って、扉開けてるだけだけど」

 そりゃそうか。こいつも生徒会役員だし。
 いやいや、俺が聞きたいのはそうじゃない。

「何しに来たんだよ」

 今更。とは言えず、ただ樹を睨む。だが樹は特に気にした様子もなく、「仕事」とだけ言って中に入っていく。俺はその態度に内心苛立った。こいつは夏休みの藤島くんの頑張りも知らない。それなのに、大分片付いた状態の今手伝いに来ても意味ねぇだろ。どんどんはらわたが煮えくり返るのが分かる。
 俺は中に入った樹を追い、庶務の席の前で立って居る樹に詰め寄った。

「あれ、あんまない」
「当たり前だろ。お前らの分まで藤島くんがやってくれたんだから」
「は?俺達の分?」

 眉間に皺を寄せ、理解不能とばかりの顔をする樹に、とうとう俺の手が出てしまう。勢いよく胸倉を掴むと、グッと樹を引き寄せる。中で三鷹が俺を止めようと叫ぶのが聞こえた。

<香坂!落ち着いて!>
「なに」
「何じゃねぇよ!何で今更なんだよ!もっと、もっと前から手伝ってくれてたら、アイツが根を詰める必要もなかったのに…っ」
「はあ?」

 お前らには分からないだろう。俺だってまさか藤島くんが此処までやってくれるなんて思ってもみなかった。しかも俺は、それをほんの少ししか支えることが出来ない。歯痒い。これ程までに自分の無能さを呪った事があっただろうか。

「お前なら、出来たのにっ」
「……」
「俺じゃ、どう頑張っても無理なんだよ…」

 生徒会役員でもない俺じゃ、本物の親衛隊隊長・三鷹弥一でもない俺じゃ。
 だから、お願いだから。

「頼むよ。藤島くんの為にも、仕事、してくれよ…」

 人にこうして頭を下げるしか、俺には出来ない。力が抜け、樹の胸倉から手が外れる。俺何やってんだろ。こんな事樹に怒鳴っても、もう遅いのに。言わずにはいられなかった。人知れず頑張ってた藤島くんの活躍を、せめてこいつらだけには知っていて欲しかった。

「悪い。話は、それだけだから……」
「もしかして、会長たちまだ仕事してないの?」
「え?」

 俯かせていた顔を勢いよく上げると、樹が首を傾げていた。本当に何も分からないと言わんばかりの表情に、俺まで混乱して来た。と言うか、まだって何。

「俺、今年は家の都合で海外行くから、庶務の仕事はデータで送ってって顧問に言っといたし、実際データで送り返してたけど?」
「え、え?」
「他の人達がどう言う風に仕事を貰ってるのか知らないけど、まあ見る限り、藤島先輩以外やってないんだろうね」

 平然と言ってのける樹は、自分の机の上の書類を纏め始めた。

「え……つまり、お前、夏休み中もやってたの?生徒会の仕事」
「今そう言ったよね。馬鹿なの?」
<そうだったんだ…>

 中の三鷹も初耳だったのか、心底驚いていた。俺はと言うと、後輩の暴言を気にすることが出来ない程脳内が目茶目茶になっていた。

「これで全部、かな」
「――ごめん、樹!!!!」
「っ、何。突然後ろで喚かないでくれる?」

 声を大にして謝ったら、不審者を見る様な目で睨まれた。
 けどそれ所じゃない。謝っても足りない位、俺は今猛烈に後悔している。


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