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――本当は、分かっていたんだ。
ただ気付かないフリをしていただけで。
幸せなこの時間に終わりがあるのを、考えたくなかっただけなんだ。
*
早朝、廊下に出るとそこには藤島くんが立っていた。
「おはよ。三鷹くん」
「っ、お、おう」
おはよ、と小さく返事をすると、藤島くんはクスリと笑みを零す。
「何かあっと言う間だったねぇ、夏休み」
「……そうだな」
「けど、三鷹くんのお蔭で寂しくなかったよ」
「なっ」
「俺のお願い、聞いてくれてアリガト」
「う、うっせ」
そんな風にお礼を言われ、照れから思わず突っぱねてしまう。だが藤島くんは気を悪くするどころかクスクスと俺の横で笑うだけ。ああくそ、調子が狂う。
生徒会室に行って以来、藤島くんは俺に言った。毎日じゃなくてもいいから、俺に会いに来てよ、と。俺は最初その願いに答えられなかった。けど中で三鷹が言った。
<行くよ、香坂>
(え?)
<お前は隊長でしょ。悠生様の願いを叶えるのは当然のこと>
(け、けど……)
<役に立ちたいって言ってたでしょ!なら渋るな!>
もっともな事を言われ、俺は藤島くんの願いに頷いたのだった。
そしてほぼ毎日、俺は生徒会室に足を運んだ。差し入れ持ってったり、ちょっとした雑用をしたり、三鷹の指示を貰いながら藤島くんのサポートをした。俺としては毎日生徒会室で仕事をする藤島くんに驚いたけど、何故か毎日サポートしに行くのは苦に感じなかった。
そうこうして毎日忙しい毎日を送っていたら、いつの間にか夏休みが終わった。どうやら藤島くんの仕事も期間内に終わったらしく、終わった途端ソファーに倒れ込んだぐらいだ。
(にしても、此処の体育祭ってそんなに大変だったんだな)
ほぼ夏休みを潰して漸く終わる位だから、余程色々あるのだろう。
<うん、まあ規模も違うから>
(そんな凄いのか体育祭。何か滾るな!)
最近身体を動かす機会がぐんと減ったから、運動部の俺としてはやはり燃えるものがある。
<お前、これが僕の身体だって忘れてない?>
(……あ)
一人楽しみにする俺に、三鷹が一撃くらわしてきた。そうだった。これ、三鷹の身体だった。突然襲ってきた絶望感に思わず肩を落とす。
<な、何さ!僕の身体だってやれば出来るんだからね!>
(アーウン、ソウダネ)
<はああ!?何その棒読み!ムカつく!>
「藤島くんはさ、何に出んの?つか生徒会だから出ないか」
<香坂のくせにシカト!?>
中で喚く三鷹を無視して藤島くんに何に出るのか聞くと、考えていなかったのか、うーんと首を傾げた。
「そうだなぁ、出来れば出たくないかなぁ。何か面倒だし。ゆっくり観戦してたいかも」
「おじいちゃんかお前は」
でもまあ、皆の為に此処まで尽力した訳だし、当日位ゆっくりしてても罰は当たらないだろう。しかし何と言うか、勿体無い。
「絶対百メートル走とかクラス対抗リレーとか出たら格好いいのに」
「え?」
「勿体ない」
見た事ないけど、絶対こいつハイスペックだろ。出れば活躍してめっちゃカッコいいだろうに。俺でさえ去年の体育祭リレーで走ったら女子にキャーキャー言われたぞ!彼女出来なかったけど!
「かっこ、いい?」
「え?」
「リレーとか出たら、三鷹くん、応援してくれるの?」
チラリと俺の顔色を窺う藤島くん。何を言ってるんだこいつ。
「当然だろ。俺お前の親衛隊隊長だからな?」
「――!」
「お前の応援なら誰にも負けねぇよ」
それに応援合戦とかも燃えるよな!
そう言って一人意気込む俺は、隣で顔を赤くして「リレー…ね、うん。分かった」と小さく呟いた藤島くんが居たことに気が付かなかった。
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bkm