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「え、ちょ、どうして三鷹くんが此処に……」
混乱しているのか、人の顔を見るなり顔を赤く染めた藤島くんは、少し顔を俯かせ、口元を押さえた。
「大丈夫か?顔赤いけど、熱でもあんのか?」
「――!」
木村があんま飯も食ってないって言ってたし、マジで具合悪いのかも。そう思って、藤島くんの額に手を当てる。手に伝わる温かさは特にこれと言って高いと言う訳でもなさそうだ。良かった。けど何でこんな顔が赤いんだ。不思議に思って藤島くんの顔を見ると、目を真ん丸くさせて俺を見ている藤島くんと目が合った。
え、何その顔。びっくりして思わず額から手を引っ込めた。
「えっと、その…」
「ヤバい」
「え?」
「俺、今の今までさぁ、考えてたんだよねー」
何処か照れた様な藤島くんはそう言って頬を掻いた。
考えてたって、何を?
「三鷹くんに、会いたいって」
「は、なっ」
<悠生様…>
「そしたらホントに三鷹くん来るんだもん。びっくりしちゃったー」
へへっと締まりのない顔で笑う藤島くんに、俺は返す言葉が見つからなかった。何て言うか、笑い飛ばせなかったんだ。何言ってんだよ!とか、サンキューとか、軽い感じで返せばいいのに、言葉が声になって出て行かない。それどころか、顔がどんどん熱くなるのが分かった。
俺の異変に気付いたのだろう、藤島くんがキョトンとした顔で俺を見ている。ああくそ、こっち見んな。
「三鷹くん?」
「……今俺、どんな顔してる?」
「え?」
以前、藤島くんに聞かれた言葉をそっくりそのまま本人に返す。
「ははっ」
「な、何だよ」
「すっごい赤い顔」
「……!」
藤島くんもそれに気付いたらしく、何やら嬉しそうにそう答えた。くそー、最近は落ち着いたと思ったのに、何でまたこのタイミングでこうなる。どうした三鷹の身体。
<ちょっと、僕のせいにしないでよね>
(じゃあ誰のせいだよ)
<……>
(無視やめろ!)
「こっち、おいでよ」
「お、おう」
目の前で屈託のない笑顔を浮かべる藤島くんは、そう言って俺を生徒会室に招き入れた。
「つか、俺入っていいの?」
「大丈夫でしょ。他の人居ないし。それに、三鷹くんは俺のたいちょーでしょ?」
「ま、まぁな」
何もしてないけど。とは言えず、俺は案内されたソファーの上に腰を下ろした。うわ、このソファーやべぇ。めっちゃフカフカ。今までにこんな高級なソファーに座った事ない俺は、思わずはしゃぐ。
「うわー!すげぇ!マジ凄いこれ!」
<ちょっと!みっともないからやめてよ!何処の田舎者なのお前は!>
うっせ。実際俺は田舎もんだよ。三鷹のお小言に悪態をついていると、藤島くんが俺の隣に腰掛けて来た。
「ちょっと休憩しようかなぁ」
「そうしろよ。隊の皆が心配してたぞ」
そう言って木村からの差し入れをバスケットから出す。うわ、うまそ!サンドイッチだ。
<ボサッとしてないで悠生様にお茶いれてよ!何のんびりしてんの!>
(あ?お茶?あ、ああ。分かった)
確かに俺が反応しても意味ないわ。これ藤島くんのだし。
「俺お茶いれてくる。給湯室貸しっ」
「三鷹くんは?」
「え?」
「三鷹くんは?心配してくれた?俺のこと」
立ち上がろうとした俺の手を、藤島くんが掴んで引き止めた。驚いて顔を見ると、先程の緩んだ表情が嘘の様に、真剣な顔をしていた。何故だかその表情にドキッと胸が鳴った。
と言うか、馬鹿だろ。質問するまでもない。
「心配してなきゃ此処に来ねぇよ」
「――!」
「つかさ、俺があんな風に焚き付けたから、こんなになるまで頑張ってんだな」
「……焚き付けられたなんて、思ってないよ」
「でも、俺が何かしてやれる訳でもねぇのに、無責任だった」
<香坂…>
きっと、三鷹ならもっとうまいことやれただろう。隊長として、藤島くんをサポート出来たに違いない。その点俺はダメだ。ホント、口ばっかだな。此処に来てから、何も出来てない。
改めて自分の無能さに呆れていると、藤島くんが静かに首を横に振った。
「そんなことない」
「え?」
「だって、三鷹くんはこんなに俺に色々くれる。これは、三鷹くんにしか出来ないことだよ?」
色々くれるって、俺が?
お前に与えられるもんなんてないんじゃないか?この食事だって俺が用意した訳じゃないし。俺の考えがお見通しと言わんばかりに、藤島くんが「物じゃない」と笑って言った。
「こうして、俺の傍に居てくれる」
「藤島くん…」
「俺、三鷹くんが傍に居てくれれば、きっと何だって出来る」
――あんなに嫌だった生徒会の仕事だって、苦じゃないよ。
そう言って笑う藤島くんの目はとても優しかった。本気で、そう思ってくれているのが分かる。何だよそれ。傍に居る事が俺に出来る事って、それって結局俺何もしてなくね?
でもその言葉は、すんなりと俺の中に落ちていった。そして自分の中で煩いくらい脈打つ心臓に舌を打ちたくなった。
「……マジかよ」
「え?」
口元を押さえて呟いた声は、藤島くんには届かなかった。何でもない、それだけ言って、藤島くんの手を外した俺は、今度こそお茶を入れるために席を立つ。けど、どうしても言いたい言葉があった。俺はそのまま藤島くんの背後に回り、その手触りの良い髪に手を置いた。
非常に驚いたのか、藤島くんが勢いよく振り返り俺を見る。こうして藤島くんの頭を自分から触ったのは恐らく初めてのことかもしれない。中の三鷹も、心底俺の行動に驚いていた。
「み、三鷹くん?」
「ありがと」
「え?」
「俺の言葉に応えてくれて、ありがと」
後、さっきの言葉も嬉しかった。けどそれは流石に照れくさくて言えなかった。
「仕事して頑張ってる今の藤島くん、スゲェかっこいい」
「――っ」
「ホント、かっこいいよ」
「三鷹くん…」
そんだけ。
それだけ言って、呆気に取られている藤島くんを余所に、俺は給湯室に走った。もうそれは凄いスピードで。慌てて走ったせいで机とか色んな所に身体をぶつけて痛い。勢いよく扉を開け、そして勢いよく扉を閉めた俺は扉にもたれてその場に沈み込む。
<香坂!?大丈夫!?>
(……ああ、平気)
心配する三鷹に何とか答えるものの、俺の頭の中はぐちゃぐちゃだった。色んな想いで、もう滅茶苦茶だった。それでも、その中でもたった一つだけ、はっきりしている想いがあった。それに気付いたのはついさっき。
(俺、馬鹿だ…)
<それは分かってるけど……>
(おい。そこはフォローしろよ)
顔見て話して、笑い合って触れ合って、そんな普通の事をしてきたはずなのに。なのにどうして、アイツのこととなるとこんなにも違うのか。それは、経験値ゼロの俺に到底分かるものではなかったんだ。鈍感って言われても仕方ねぇや。
ガシガシと頭を掻きむしり、俺は熱くなる頬を押さえた。
――俺、藤島くんのこと……。
確かに芽生えた気持ちを、俺はそっと心にしまい込んだ。
*
眠い。瞼が閉じて、開けていられない。
(香坂、香坂。ねえ、気付いてる?)
真っ暗な此処に居るのも大分慣れて来た。最初は怖かったけど、香坂が居たから寂しくもなかった。悠生様も見れるし、そう悪い気はしなかった。
けど――。
(香坂、気付いて)
以前は聞こえなかった。こんな音、存在していなかった。
砂が、落ちる音。
そう、それはまるで、時を刻む砂時計だ。
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bkm