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俺の席は何と一番端だった。
そして隣が樹となった訳だが、どう言う訳か、藤島くんと俺はホント真反対に位置する席順となった。約束したのは、俺なのに。そう思ってしまうのは、上映が始まってもお構いなしに藤島くんにベタベタと引っ付くマリモこと佐伯のせいだ。
つかこれホラー映画じゃないんですけど。そんな引っ付く必要なくね?チラリと彼らの様子を窺い見るも、先程から藤島くんはチラリとも此方を見ない。何だよ、何怒ってんの。俺が勝手にチケット取っちゃったの怒ってんのか?
折角楽しみにして来たのに、映画の内容もあんま頭に入ってこない。しかも三鷹がまた眠りについてしまった。また突然に。それも心配だ。色んなことを考えすぎて思わず溜息が零れる。
「何溜息吐いてんの?」
「っ……」
急に耳元で声がして叫びそうになった。そして至近距離で自分を見つめる顔にも驚いた。思わず平手が出そうになる位には。その衝動を何とか抑え、俺は自分に話しかけて来た後輩に何でもねぇと口パクして伝えた。映画は静かに見ないとね。
しかし樹は懲りずにまた俺の耳元に顔を寄せ、囁く。低い声でボソボソ言うから聞き取り辛し。
「そんな怖い顔で睨んだらばれちゃうよ?」
「――!」
思わず樹の顔を凝視すると、ニヤッとあくどい笑みを返された。思わずひっと喉がひきつる。バレてる、俺が佐伯達を睨んでたのバレてる。いや、つか睨んではない。ちょっと見てただけだ。
とはいえず、無言で樹を睨んだ俺は、またもや口パクでうっせ!と言う。しかし相手には伝わらなかったようで、俺の慌てようを面白そうに見ていた。それに悔しさを感じぐぬぬっと唇を噛む。そして何を考えてるのか、俺の手を握って来た。思わず悲鳴にならない声があがる。
「っ、な……」
何すんだ離せ!と言おうとした俺に、樹がシーっと人差し指を立ててくる。ハッとして後ろを見ると、前の人や後ろの人が煩そうにこちらを見ていた。俺はすいません……と頭を下げながらズルズルとより深く座席に沈み込んだ。俺よりお前の方が煩かった筈だけど。何で俺が騒いだみたいになってんの。可笑しいだろこれ。
グッグッと何度も俺の手を握ったり離したりする樹の思惑が分からず、俺は映画も見ずにぐったり項垂れるのであった。
「――ははっ、面白い」
そしてそう呟いた声は、映画の音で掻き消され、俺の耳には届かない。
*
映画が終わった。内容は、全然分からなかった。泣きたいわホント。後輩に弄ばれるわ、佐伯にイライラするわでもう既に俺はヘトヘトだ。帰りたい。そう思って皆が外に出ようとする流れに乗っかろうと思った時だった。
「何でだよ悠生!」
部屋全体に響き渡る声がし、俺は思わずそちらを見る。すると何やら佐伯が藤島くんに向って叫んでいる。何も映画館の中で叫ぶことないのに、まだ外に出ていない観客が何事かと見てるぞこっち。
だが当の藤島くんは、何故だか怖い顔をしたまま突っかかってくる佐伯を見下ろしていた。え、何、何でそんな険悪になってんの?
「離して」
「嫌だ!」
「リョータ、怒るよ?」
「もう怒ってるだろ!」
佐伯にしては的を射たことを言っている。確かに藤島くんは怒っている。傍から見ても。あれ、でも俺に怒ってるんじゃないのか?何で佐伯にあんな怒ってんだ。
「亮太、どうしたんですか?彼に何か言われたんですか?」
「おい悠生。亮太に何してんだよ」
「何も。だから俺もう行きたいんだけど。ついて来ないで」
「嫌だ!俺も一緒に遊ぶ!」
ああ、成る程。それで駄々を捏ねている訳か。騒いでいる内容が阿保らしくて本格的に帰りたくなった。マジでこの後もコイツらついて来るなら俺帰るぞマジで。
「何で俺はダメでアイツはいいんだ!」
などと心の中で悪態をついていたら、突然佐伯に指さされた。おいコラ何指してんだ。その指ごとへし折るぞ。つか何がダメだって?
「今日は元々三鷹くんとデートするつもりで来たんだ。これ以上邪魔しないで」
「デ、デート!?」
藤島くんの言葉に佐伯が大きな声を上げる。そして信じられないと言った顔で、弱々しく呟いた。
「ゆ、悠生は、そいつが好きなのか……?」
「――!」
「はあ?」
佐伯の言葉に思わず声が漏れた。何急に変なこと言い出すんだこいつ。何で俺と藤島くんが遊ぶってだけでそんな方向に話が行く訳?大体、藤島くんが好きなのは……お前だろ?
そんなモヤモヤした思いを抱えたまま、黙り込んだ藤島くんを見ると、何と彼はより一層表情を険しくしていた。思わずギョッとする。
「それをリョータに言う必要はないでしょ」
「……っ!」
「じゃあ俺もう行くから」
そう言って固まる佐伯から離れ、藤島くんが前の列に移り、俺の傍にやってきた。
「三鷹くん、行くよ」
「え、あ、ちょっ!」
俺が返事をする前に、藤島くんが俺の手を引っ掴んで歩き出す。俺はそれに引っ張られながら慌てて後をついていく形となる訳だが、歩幅!歩幅を考えろ!前につんのめりそうで怖い!
そう思って藤島くんの背を睨んでいると、彼は何を思ったのか、急停止してトイレの前に立った。は、何便所?とか考えていると、俺の手をそのまま引いてトイレに入っていく。おい別に俺行きたくねぇし!連れションとかするタイプには見えないけど。俺もあんま好きじゃねぇし。しかし俺の思っていた事とは違い、二人で立ったのは洗面所。
「洗って」
「え?」
「手、洗って」
すると無表情でそんな事を言われた。正直いきなり連れてかれて此処に連れ込まれて意味が全く分からないんだけど。そう言いたいのに言えないのは、藤島くんの表情がとても怖いからである。無だぞ無。何考えてんのか分かんねぇよ。声も何か冷たいし。何、ホント俺に対して怒ってんの?でもそれだったら俺を連れ出さないよな。じゃあ何だろ、まあいいか。
俺は反抗することもなく、取り敢えず手を洗った。コショコショと石鹸で軽く。そして風で水を飛ばせば、ほら綺麗。どうだ。これで文句はないはずだ。
「……行こう」
すると洗ったばかりの手を藤島くんがまた握る。つかよく考えたら此処人前じゃん。みんな見てるじゃん。恥ずかしいだろどう考えても!そう思って外そうにも、相手の方ががっちり握っているから外れない。でも、そんな事いいながら俺は本気で外そうとはしていない。
別に理由なんかない。ただ何か、外し辛いだけだ。
「――映画」
「え?」
「全然見てなかった」
すると前を歩く藤島くんがポツリとそう呟いた。マジか。まあ佐伯があれだけベタベタしてたら気も散るか。何処か苦い思いを感じながら俺もあんま見れなかったと言おうとした時、握っている手をグッグッと握ったり離したりし始めた。何だ急に。
「樹と引っ付いてた挙句、手握って楽しそうにしてる姿見たら、それ所じゃなかった……」
――本当ならそこに居るのは俺だったのにって何度も思った。
そう言って俺を振り返った藤島くんの表情は、頬を赤くしながらも拗ねている様子だった。俺はその表情を見て、何故か顔が熱くなるのを感じる。
「な、何言って……っ」
「アハハ。三鷹くん、顔赤いよ?」
「う、うっせー馬鹿!」
俺の反応に気をよくしたのか、藤島くんが嬉しそうに微笑んだ。そして少し寂しげに笑うと、俺に向って頭を下げた。
「ごめんね、今日は」
「何でお前が謝るんだよ」
「だって三鷹くん、生徒会やリョータ好きじゃないんでしょ?」
「まあ、な。あんまり」
「だからちゃんと断れなかった俺が悪い。折角の映画だったのに、ホントごめん」
俺の手を握りながら謝罪する藤島くん。その頭を見つめた俺は、返事の代わりにその頭に手を置いた。ポンポンと数回叩くと、顔を上げ目を丸くした藤島くんと目が合う。
「俺も謝る事あるんだ」
「え?」
「折角連れて来てくれたのに、俺も映画よく見てなかった。折角誘ってくれたのにホント悪い」
だから――そこで言葉を切った俺は、俺を見つめる藤島くんに笑顔で応えた。
「もうちょい先だけど、DVD出たら部屋で見ようぜ」
「――!」
「そこなら邪魔されないだろ?ゆっくり見れるし」
「三鷹くん…」
「さて、腹減ったし、飯食いに行こうぜ」
今度は俺が手を引っ張って歩き出す。照れ隠しなのは自覚がある。だって頬熱いし。そしてそれに気付いているのか、藤島くんがギュッと手を強く握り、そのまま俺の隣を歩き出した。
「うん……デートの続き、しよっか」
「だからデートじゃねぇよ!」
そう突っぱねた言い方をしながらも、俺は自分が笑っていることに気付く。あれ、何で俺こんな笑顔なんだろ。佐伯と引っ付いていた時の藤島くんの姿を見た時は凄くイライラしてたしモヤモヤもしてた。なのに藤島くんと話が出来たらこれだ。俺って結構現金なやつなのかも。すっごい仲の良い友達を他の友人にとられたら、こんな感覚になるのかな。
そんな名前のつけられないこの感情に、俺は一抹の不安を抱えながら、隣で笑う藤島くんを見て胸の奥を熱くさせるのだった。
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bkm