親衛隊隊長を代行します | ナノ
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 俺、香坂綾太が三鷹弥一の身体に入り込んで初めて迎えた夏。俺達に取り巻く状況が変わることなくとうとう夏休みを迎えてしまった。終業式を終え、これから約一カ月、俺はどう過ごせばいいのかと三鷹の自室の天井を仰ぎ見ながら考えた。

「なあ、三鷹。お前いつも家とか帰ってんの?」
<いや。僕が帰るのは正月だけ。夏休みの間は寮で過ごしてる>
「へえ」

 てことは、一カ月は此処に待機か。

「その間に何か方法見つけられるといいな」
<……うん>

 未だに俺が三鷹の身体から抜け出せることがなく、正直お手上げだ。それに、最近少し気になる事がある。

「お前夏休みいつもどうして過ごしてんの?」
<……>
「三鷹?おい…」

 微かに中で寝息が聞こえる。どうやら寝てしまったようだ。
 そう、此処の所三鷹は眠る事が多くなった。それも急にだ。こうして話していても、気付けば眠ってしまっている。最初こそ疲れてんのか?と思う程度だったが、こうも頻繁にあると変だ。しかも三鷹に聞いても自分が突然寝てしまう理由は分からないらしく、知らないと首を振る。

「これって、やっぱ俺のせいだよな……」

 ポツリと呟く言葉に、今は何も返ってこない。焦っても仕方ないとは言え、俺が三鷹が過ごす筈だった月日を奪っているのはとても申し訳なく思う。だが方法が分からない。第一どうして俺が三鷹の身体に入ったのかさえ分からないのだから。
 行く末が分からず、不安から思わず溜息が漏れる。と、その時、携帯が振動した。誰かからメールが来たようだ。しかし今は三鷹が寝ているため返信は出来ない。俺は画面だけ取り敢えず覗き込んだ。

「――!」

 メールは藤島くんからだった。その名前を見た一瞬、心臓がドクッと変に鳴った気がした。まあ、気のせいかな。しかし勝手に見る訳にもいかず、俺は三鷹に「お前の愛しの悠生くんからメールだぞー」と呼び掛けたのだが、やはり返答はなかった。
 こればかりは仕方ない。三鷹が起きたらメールしようと思い、俺はそのまま目を閉じた。





「寝てたんだぁ」
「えっと、まあ…」
「俺のメール返さずに寝たんだ」
「えっ、まあ…」
「ふーん」
<ちょっと香坂どう言うこと!?どうして僕を起こさないの!>
(はあ!?起こしたっつの!)

 中からも外からも責められ、俺は泣きたい気持ちに駆られた。と言うのも、思い切り寝過ごした俺は、先程慌てて起きた。つかもう十時過ぎてるし、食堂やってねぇし。三鷹もいつの間にか起きていたようで、風呂にも入らず寝こけた俺を勢いよく罵って来た。それはまあ軽く流せるのだが、問題はその後。
 十時過ぎたと言うのに、いきなり部屋のベルが鳴った。同室の人は家に帰ったから居ない為、俺は慌てて玄関に向かった。そこで扉を開けると、何と立っていたのは藤島くん。しかも何故かジト目で俺を見ていた。何でそんな顔されないといけないのかと思いつつ用件を聞くと、先程のメールについて聞かれ、すっかり忘れてた俺は、こうして二人から責められることとなったのだ。何これ、俺が悪いの?

「ホント悪い。まだ内容も見てない…」
「ずっと携帯握りしめて待ってたのに」
「急ぎだと思わなくて、マジごめん」

 すっかりむくれてしまった藤島くんは、口をへの字にして大変ご立腹の様子だ。何だその態度はと言いたいところだが、俺にも非があるから言えない。三鷹が拗ねてる悠生様素敵!とか騒いでいるのをスルーしつつ、俺は何とか機嫌を直してもらおうと躍起になった。

「何でも言うこと聞くから機嫌直せよ、な!」
「……何でも?」
「あ、ああ。俺に出来る事なら何でも言ってくれ!」

 何でもの言葉に藤島くんがイヤに反応した。俺はそれを不思議に思いながらもしきり頷き本気だとアピールした。すると藤島くんが、じゃあ……と言って、何やらチケットを取り出した。

「え?」
「これ、映画のチケット。三鷹くん、見たいって言ったよねぇ?」

 そう言って見せてくれたのは、確かにこの前俺が見たいと言ってたコメディ映画だ。でも、あんなサラッと漏らした俺の話をよく聞いてたな。思わずそのまま言葉に出すと、藤島くんは何処か照れたように頭を掻く。

「うん、まあ…口実にはいいかと思って?」
「口実?」

 何のことだ一体と首を傾げる俺に、藤島くんが少し意地悪そうな笑みを浮かべながら言った。

「明日、俺とデートしよ?」

 ――何でもするって言ったよね?
 それを言われては、俺に断る事は出来ない。と言うより、断る理由が見つからない。それは自分で何でもすると言った手前か、それとも……。

「ん、分かった」

 それとも、何だ?何だか一瞬答えが出そうだったのに、すぐに考えが引っ込んでしまった。まあいいか。何でも。見たい映画見れるし。それに何処かホッとしたように笑顔を浮かべる藤島くんを見たら、何でもよくなってしまった。楽しめればそれでいいと、こいつの笑顔が曇らなければそれでいいと思えた。


 そう思うのは何でだろうとは、考えないようにした。


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