親衛隊隊長を代行します | ナノ
21

「何そのリアクション。おもしれー!」
「うううっせ!考え事してたんだよ!」
「ああ、喜多村先輩の事?考えたって仕方ねぇのに」

 な、何故わかった。驚く俺を余所に、岩槻が意地の悪い笑みを浮かべながら俺に顔を近づけて来た。

「お前全部顔に出てる」
「え!マジでか!」
「マジ。つか今までそんな表情豊かそうなヤツには見えなかったんだけど」

 見てて飽きないからいいな。そう言って岩槻が俺の頭をポンポン叩く。若干子供扱いされた気がした俺はムッとしてその手を叩いた。

「おいコラ。何気安く頭撫でてんだよ!」
「いーだろ減るもんじゃなし。身長的にも丁度いいし」
「男に触られても嬉しくねぇわ!」
「会計にはあんなベタベタ触られてんのにか?」

 たぶん、岩槻は悪気があって言ったんじゃない。こいつの本当に不思議そうな顔を見ればわかる。けどなぁ、今の俺にはアイツの話は厳禁だ!見る見るうちに顔が熱くなるのを感じた。ああほらまただ!考えるだけでこんなだよ!

「ああああ、あれはおおお俺のせいじゃねぇ!」
<ちょっと!香坂落ち着いて!>

 余程混乱しているのか、俺は赤くなった顔を見せまいと岩槻に突っ込んだ。岩槻の方が背高いから丁度アイツの胸辺りに頭突きをかましてやった。「ぐふっ」とダメージを受けた声が聞こえてちょっとしてやった感はあって気分がいい。


「――何してんの」


 筈だったなのに、何故こう言うタイミングで彼と会うのだろう。神様って本当に意地悪さんだね、はは。





 そして俺は今現在、壁と藤島くんとの間で挟まれて身動きが取れない状態になっている。と言うのも、何故か風紀室に来た藤島くんに、岩槻に頭突きした瞬間を見られ、何故か物凄い顔で睨んで来た。と言うかこの体勢傍から見れば俺が岩槻に抱き付いているように見えなくもない。そして三人の間に流れる気まずい空気。それを打ち破ったのは、俺にだけ聞こえる三鷹の声だった。

<悠生、様…>

 その名前を聞いた瞬間、俺は弾かれる様にダッシュした。本当に反射的に。扉の所にいる藤島くんを綺麗に避け、一目散に部屋を逃げ出した。

<ちょっと香坂!?何逃げてんの!?>
(わわわ、分かんねぇ!どうして俺走ってんの!ハッ、まさか三鷹俺の身体を乗っ取って…!)
<乗っ取ってんのお前だから!そうじゃないでしょっ、何で悠生様を見て逃げるのさ!>

 お蔭で今日殆ど悠生様を見ていない!と嘆く三鷹は放って置いて、俺は確かに何で逃げるのかを今一度考えた。どうしてアイツのこと考えるだけで胸がざわつく?顔を見ただけで心臓が跳ね上がる?どうして、なんで?
 走りながら自問自答を繰り返した俺は、とうとう一つの答えに辿り着いた。


(そ、そうか、もしかして俺――!)


 と、その時だった。突然後ろから肩を痛いほど掴まれ、そのまま横の壁に押しつけられた。昨日の今日だから思わず身体がビクつく。だが俺を壁に押し付けた人物を見て思わず目を瞠った。

「ふ、じしまくん…」

 そう、そして俺を追い掛けて来た藤島くんによって俺は挟まれているのでした。以上、状況報告終了!

<じゃないでしょ!何現実逃避してんの!?>
(うっせ!)

 こんな酷く怒ったような顔をしてるヤツに俺はなんて声を掛ければいいんだ。て、アレか。俺が逃げるからいけなかったのか。でもだからってこんな怒る事なくね?いやいやつか顔近くね?ああ、駄目だ、顔が熱くて考えが纏まらない。

「今日ずっと俺を避けるよね。どういう事?」
「そ、それは…」

 お前を見ると身体が変になるから。とは言えず、また黙り込む。すると俯かせた俺の顎を、藤島くんが勢いよく掴んで上げさせた。

「そのくせそんな顔で男を煽る」
「は?」
「岩槻にも、その顔見せてたよねぇ…ムカつく」

 そう言って少し頬を赤くする藤島くんは、苛立ちからか舌を打つ。何かよく分からないけど、拘束する力は弱くならないし、このままじゃ埒が明かないよな。俺は意を決して口を開いた。

「俺にもよく分かんない。けど、お前の顔見ると、すげぇ恥ずかしくて、変になって、それで逃げてた…」
「え?」

 ボソボソと喋る俺に、藤島くんが少し驚いた声を出した。そしてさっきより明確に頬を赤く染めた。

「分かってる、分かってんだ。これがどう言う意味なのか。ずっと考えて、漸く答えが出た」
<香坂、まさかお前…>
「え、あ、それって…」
「俺、俺――!」

 何故だか急に落ち着かない藤島くんに、俺は羞恥を堪えて叫んだ。

「お前に泣き顔見られたからチョー恥ずかしいんだよ!!」
<……は?>
「……え?」

 中の三鷹と藤島くんが同じようなリアクションをしたのが聞こえた。そしてその瞬間俺への拘束力も無くなった。俺は赤くなってる顔を隠すため、両手で顔を隠した。

「いやだってマジで久々に泣いたんだぜ!しかも大号泣とかめっちゃハズい!」
「えっと…」
「分かってる!だから何も言うな!もう二度と泣かないから忘れてくれ!」

 でもよく考えたら泣いているように見えるのは三鷹だから、そこまで気にする必要なかったのかもしれない。あれ、じゃあ本当に気にすることなくね?いやでも俺があんな泣き方してるとバレたのはやっぱ恥ずかしいわ!

<……馬鹿>
(え?)
<馬鹿!アホ!>
(はああ!?何急に貶してきてんだ!)

 突然三鷹が暴言を俺に浴びせて来た。意味が分からない。

<ゆ、悠生様に恥をかかせて…!>
(何のことだよ!別に藤島くんは普通だろ!)

 そう言って藤島くんを見ると、何故だか床に座り込んで丸くなっていた。あまりに突然で思わずギョッとする。

「な、何してんの」
「…いや、何て言うか、俺今凄くかっこ悪いから……」
「はい?」
「勘違いしてて、何か物凄く恥ずかしい。穴があったら入りたいレベル」

 そんなに!?今の一瞬で何があった!

「そうだよね。そんな訳ないよねぇ…」
「え?何が?」
「何でもない。こっちの話ぃ」

 頬を赤くしながら何処か困ったように笑う藤島くんは、そう言いながらゆっくり立ち上がった。その一連の動作を見ながら、俺は自分の変化に気付いた。

「あ…何かスッキリした」

 藤島くんを見ても心臓が大きく跳ね上がったり、逃げ出したい衝動には駆られない。寧ろ俺の鼓動はとても穏やかに刻まれている。やはり今の事が原因だったのか。いやぁ、解決して良かった。

「ホント悪かった。気分悪いよな、顔見て逃げるとか」
「別にいいよ。こうしてまた話してくれるんだし…俺の方こそ、乱暴にしてゴメンね」

 そう言って俺の頭を撫でる藤島くんに、俺は気にしてねぇよと笑って答えることが出来た。その時の俺は、岩槻に言われていた言葉なんか忘れていた。ただまたこうやって藤島くんと話せるようになったことに嬉しさを感じていたから。


『男に触られても嬉しくねぇわ!』
『会計にはあんなベタベタ触られてんのにか?』


 その言葉の意味も、どうして嬉しいのかも、どうしてこんな穏やかな気持ちなのかも、俺は考えようともしなかったんだ。


<二人して……馬鹿じゃないの……>


 だから、三鷹の拗ねたその声も、聞き取る事は出来なかった。 

prev next


bkm

top