親衛隊隊長を代行します | ナノ
17

 てっきりまだ生徒会室に籠っていると思っていた藤島くんが、俺の目の前に居る。俺を助けようとしてくれている。それが何故だかとても嬉しい。

「な、何で此処に会計が…っ」

 男達が目に見えて動揺し始めた。この学校は生徒会をかなり特別視しているからか、彼らの命令に逆らう真似は絶対にしないらしい。

「聞こえてんの」
「ど、どうするっ、逃げるか?」

 俺を一向に離さない男達に焦れたのか、藤島くんが苛立つように舌を打ち、階段を下りて来た。それに更に動揺する男達が、こそこそと声を潜める。

「いや、でも相手が会計と言ってもたった一人だ。アイツさえ消せばそれでよくね?」
「確かに……俺、生徒会って昔から気に入らなかったし」
「この人数なんだ。イケるだろ」

 その話を聞いて俺は焦った。ヤバい、確かに男達の言う通りこの数では流石に分が悪い。男達が勝利を確信したように再び余裕の笑みを浮かべ始めたのを見て、俺は何とか藤島くんに向って叫ぼうとした。頼む、逃げてくれ。
 俺の思いを感じ取った三鷹の酷く焦った声が聞こえた気がした。

<香坂、お前ッ>
「ふ、じしまく…」
「お前らさぁ、こっちが何の用意もなしに来ると思ってんの?」

 すると、藤島くんが俺の声を遮って男達に向って冷たく言い放った。その言葉に男達が揃って訝しげな顔をする。

「あ?どういう意味だよ」
「――こう言う意味だろ」

 誰もが階段に居る藤島くんに気をとられていた為に、すぐ後ろに立っていた人物に気付いていなかったようだ。かくいう俺も。漸くその人物を認識した瞬間には、俺は地面に落ちていた。どうやら俺を抱えていた人物が吹っ飛ばされたらしい。

「おいっ!三鷹くん、大丈夫!?」
「おー悪い三鷹。勘弁な」

 俺は自分を見下ろす二人の男を、交互に見やる。何でこいつが此処に?その疑問は俺の代わりに男達の一人がポツリと呟いた。

「何で、岩槻が…!」
「いや俺風紀委員だし」

 食堂で会った時とはまるで違う、冷めた瞳に俺までも圧倒された。それ程の威圧感が彼から発せられている。一歩、また一歩と岩槻が歩みを進める度に、男達が後退っていく。

「お前らさ、俺の仕事増やすなよ。なあ?」
「う、あ…っ」
「ひ、に、逃げろ!!」

 とうとうその威圧に耐え切れなくなった男達が、一斉に背を向け走り出した。その背を、岩槻が億劫そうに眺める。

「あーあ。追い掛けないといけねぇか」
「あ、あの、岩槻…」

 奴らを追おうとした岩槻の背に思わず声を掛ける。その声に岩槻が振り返り、俺の顔を見て不思議そうに顔を傾げた。

「大丈夫かお前」
「え?何、が…?」
「すっげー泣きそうな顔してるけど?」

 そう言われ、徐に顔に手を伸ばす。泣きそう、俺が?岩槻の言われた言葉が信じられず呆然とする俺の手を、藤島くんがソッと握った。

「――!」
「大丈夫。帰ろっか。俺送るよ」

 少しビクついたのがバレタのか、藤島くんが優しい声で俺に話しかけてくる。俺はそれに返事をするのがやっとで、ああ、うんと曖昧な言葉しか出てこなかった。

「お前は早く行けよ。アイツら捕まえたら俺にも連絡して」
「それが人にモノを頼む態度か?それに、三鷹を連れて行っていいとは一言も言ってないが?」
「はあ?ふざけんな。お前の許可なんて要らねぇんだよ」

 何やら一触即発な雰囲気の二人。そんな中俺を立たせようと引っ張り起こしてくれた藤島くんだったが、俺はその場に立つことが出来ず再びへたり込んでしまった。何だこれ、足に力、入んねぇ。
 二人が少し戸惑ったのが感じられた。

「三鷹くんっ?大丈夫?」
「あ、悪い…平気だから、今立つわ」

 俺の背に手を回してきた藤島くんから少し離れ、再び立ち上がろうとするも、ガクッと膝から力が抜けてしまう。

「何で、立てねぇんだよ…っ」
<こ、香坂、今は無理しないで!>

 中で三鷹が心配そうな声を上げるが、俺はまるで自分の意志に従わない身体に思わず唇を噛む。そんな俺を見た岩槻が、その場で盛大な溜息をついた。

「はあ…まあいいわ。取り調べは明日する。ちゃんと身体休めとけよ」
「え?」
「信じていいんだな」
「誰に言ってんだよ。三鷹くん、ジッとして」

 何が何だか分からず二人の間で呆然としていた俺の身体を、藤島くんが引き寄せ、そして持ち上げた。そう、膝の下に手を入れ、背を支える。俗に言うお姫様抱っこだ。

「って、ええ、ちょ、何して…!」
<ゆ、悠生様がお姫様抱っこ…っ>

 慌てる俺など気にも留めず、藤島くんは俺を抱えたまま歩き出す。ちょ、待てマジで。こいつ何してんの?つか三鷹が中で大分大変な事になってるけど大丈夫か?

「ふ、藤島くん、俺歩けるから、下ろして…」
「立てないのに何言ってんの」
「……っ」
「いいから帰ろう」

 そう言って藤島くんは、笑いながら俺の額に自分のおでこを当てて来た。あまりの近さに俺は一瞬息をするのを忘れた。優しい顔、優しい声。もし、こいつが来なかったら、俺はどうなってた?

「――」
<香坂…>
「三鷹くん…」
「何?」
「泣いてる」
「え?」

 今度は困ったように笑う藤島くんの言葉に、俺は恐る恐る頬に手を伸ばした。指先あたった雫に、俺は驚く。え、今度こそ本当に泣いてる?

「え、何で、俺、泣いて…」
「怖かったね」
「…え?」
「間に合って、良かった」

 そう言ってギュッと俺の身体を強く抱き寄せる藤島くん。その優しい声が俺の中で響く。何、こいつの声には涙腺崩壊の効果でもあるのか?胸の奥が熱くて、涙が止まらない。
 ああ、そうだよ。俺は確かに感じた。自分の力じゃどうしようも出来ない無力さ。そして囲まれる恐怖。あの時感じたんだ。怖かったよ。どんなに俺が息巻いても、所詮俺はこの程度だ。

(ごめん、三鷹…っ)
<え?>
(ごめん…)

 お前に背を押してもらったのに、結局お前の身体をボロボロにするところだった。今の俺じゃあ、先輩を助けるどころか、自分の身一つ護れない。

<そ、そんな事…!>
「――三鷹くん」

 ポツリと、また俺に甘く響く声が落ちて来た。涙でぼやける視界の先に捉えたのは、酷く優しい笑顔を浮かべた藤島くんだ。

「聞いたよ。喜多村先輩を助けようとしたんだって?」
「……っ」
「て言うか、俺を呼んだの先輩なんだよねぇ」

 え?喜多村先輩が?

「慌てて生徒会室に来て、助けて下さいってさ」

 それで藤島くんは風紀を呼んで、急いで俺の所へ来たのか。藤島くん達が来たのは、偶然なんかじゃなかったのか。

「でも喜多村先輩から事情を少し聞いたとき、あーやっぱりなぁって思った」
「え…」
「三鷹くんなら、絶対そうするだろうと思ってたから」
<悠生、さま…>

 いくら先輩達から制裁を受けていようと、絶対、三鷹くんなら助けるだろうなって。
 そう言って笑う藤島くんから、俺は目が離せなかった。心臓が、ドンドン音を立てて鳴っている。

「カッコいいね、三鷹くん」
「ッ、お、俺…」
「うん。大丈夫、間違ってないよ。俺が保証する。もし失敗して危険な目に遭っても、俺が護ってあげる」
「――!」
「絶対、護るから」

 その言葉を聞いた瞬間、俺は衝動的に藤島くんの首元に抱き付いた。これ以上、泣き顔を見せたくなかったのと、後は……何だろう、分からない。けど、今はどうしても、この人の存在を傍で感じていたかった。

「今日は積極的だなぁ三鷹くん」
「うっ、うええぇ。うるせぇぇ」
「アハハッ。その泣き方面白い!」

 ごめん、三鷹、今日だけ、今日だけ許して。この男に縋る俺を、今回だけ。

<……お前が泣いたのも、悠生様に抱き付いたのも、見なかったことにしてあげる。今回だけね>

 ――ありがとう、三鷹。
 俺の奇妙な泣き声はその後部屋につくまでずっと、廊下に響き渡った。


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