親衛隊隊長を代行します | ナノ
8

 無事ランチ会を終えた翌日。俺はまた下駄箱の前で立ち尽くした。正直昨日のような事を想像した。昨日はちゃんとあの後掃除して、上履きはちゃんと洗った。んで今日持ってきた。三鷹は捨てて新しいの買えとか言ってきたけど俺にはそんな金の使い方は出来ん。
 まあでも、上履きが無事だからと言って下駄箱の中身が無事とは限らない。小さく息を吐き、俺は意を決してその扉を開いた。のだが、そこには昨日と同じ、掃除して綺麗になったままの下駄箱だった。あれ、何で?

(何で何もないんだ?)
<分かんない…教室、行ってみようよ>

 三鷹に促され、取り敢えずその場を後にした。昨日は机の中も酷かった。表面上何もなかったが、教科書はボロボロ。ノートには画鋲が刺してあった。クラスの子何人かが気まずそうにしているのを見ると、人が見ていようがお構いなしにやったのだろう。取り敢えず昨日はこれ見よがしにゴミ箱に教科書を捨て、ノートの画鋲を全部抜いた。ただ小さな穴が開いてるだけだから、ノートは大丈夫だろう。教科書は先生に「ボロボロにされたからありません」とちゃんと手を上げて告げた。何故か先生まで気まずそうにしながら、予備の教科書を貸してくれた。まあ、授業はちゃんと受けられたしいいか。
 と言うことで、今度は教室の方を見ることにした。教室に入ると、既に集まっていたクラスの子が一斉に此方を見て、そして直ぐに逸らした。え、何その反応。まさか昨日より酷いことになってるの?
 若干不安になりながら、俺は三鷹の席につく。そしてソッと机の中に手を入れた。いきなり何かが刺さったりしたら怖いからソッとな。けど俺の予想に反して、机の中身は綺麗だった。しかもご丁寧に新しい教科書とノートが中に入ってた。何これ、どういう事?訳が分からず三鷹に聞いてみるが、三鷹もこの事態をよく分かっていない様で、不思議がっていた。





 それから一週間、驚いたことに俺は何の目にも遭ってない。あの下駄箱と机以外の制裁を受けていないのだ。どんどんエスカレートしていくとばかり思っていたからずっと構えていたんだけど、エスカレートどころか沈静化しちゃったよ。何て言うか、ホント訳わかんない。
 今日も今日とて、何も起こらず結局そのまま帰る事になった俺は、とぼとぼと廊下を歩く。別に制裁に遭いたい訳じゃないけど、こうもあっさりだと逆にね。恐らく初日に俺に嫌がらせをした子達からかなり睨まれたけど、ただそれだけだ。何を言ってくるわけでもなくただ睨むだけ。何なんだ一体。考えすぎて疲れた俺は、小さく溜息を吐いた。と、その瞬間、廊下の曲がり角から誰かが出て来て俺の前に立ち塞がった。
 ええ、言ってる傍から制裁!?とか思ったが、どうやら違うようだ。でも、決して穏やかなものでもなさそうだ。こんだけ息切らして俺を睨み付けるそいつを見て思った。つか睨んでるかどうかは実際分からん。目見えないし。

「お前…っ、お前が…!」
「えっと?俺になんか用?」

 マリモこと佐伯亮太が、今にも飛び掛かってきそうな雰囲気を醸し出しながら唸る。何こいついきなり出て来てお前がーって意味わかんない。俺が何。

「悠生がッ、お前のせいで…!」
「藤島くん?」
<悠生様が!?>

 何、藤島くんがどうしたって。まるで藤島くんの身に何かあったかのような言い方に、俺も三鷹も思わず食いつく。だが、その返答に思わずこけそうになった。

「お前のせいで俺に構わなくなった!!」
「……は?」

 思わず間抜けな声が漏れるのは仕方のない事だ。それほどこいつの言っている意味が分からない。今ただでさえ頭混乱してんだからこれ以上面倒増やすなマリモめ。

「悠生が親衛隊に構いだした!セフレは虚しいだけだからやめろって言っても、エッチはしてないとか言って嘘つくから…!」
<嘘…!?嘘なわけないだろ!>

 中で三鷹が吠えるが、その言葉は佐伯には届かない。実際、三鷹の言うことは正しい。藤島くんは、意外にも俺との約束を守ってくれてる。ランチ会にもまた参加してくれたし、前みたいに隊員の子が話しかけても邪険に扱ったりはしていない。ましてや身体の関係なんてもっての外だ。そしてそれ以外の時間、基本俺の傍に居る様になった。お昼も何故か俺と食べる。今までは佐伯達と食べてた筈なのに、いきなりこっちに来て大丈夫かと訊ねたが、大丈夫とただ笑うだけだったから俺も気にしていなかった。だが、佐伯はそうはいかないらしい。非常にご立腹だ。
 面倒なヤツだなぁと思いながら、俺は取り敢えず適当に流すことにした。相手にしたら面倒臭そうだし。

「別に嘘じゃないよ。藤島くんは、親衛隊を知ろうとしてくれてる。ただそれだけだ」
「嘘だ!じゃあ何で俺の誘いを断るんだよ!」
「……何か予定でもあったんじゃないか?」
「そんな筈ないッ!アイツに用事があるような友達なんていないんだから!一人で寂しいヤツなんだ!」

 あまりの言いぐさに思わず口あんぐりだ。お前、友達って自分から言っといて大分その友達貶してるけど大丈夫?何も用事があるのが友達だけとは限らないだろ。生徒会の仕事かもしれないし、もしかしたら親とかかもしれない。なのに、もう友達いないって決めつけて、何がしたいんだこいつ。つか残念でした。

「俺と藤島くん友達になったから、あいつ別に寂しくないと思うけど?」
「なっ…」
「つーか、親衛隊の皆があいつの友達だから、もう寂しい思いはさせねーよ」

 そう、俺は皆にあるお願いをした。それは隊に所属している間は友人として藤島くんに接してほしいと。恋をするのは勿論自由だ。だけど、あまりあいつを崇め過ぎないで、同じように接してやってほしいと、そうお願いした。それに、みんな頷いてくれた。そしてこの前のランチ会は大分砕けたものになった。藤島くんも皆があまりに普通に接してくれるから驚いていたが、少し嬉しそうだったのを俺は見た。ホント、良い子ばかりの親衛隊で助かったわ。
 でも、これが本来三鷹が望んだ形の親衛隊だと思うんだ。藤島くんが寂しくならないよう作った親衛隊の形が、今のようなものだと俺は勝手に思ってる。身体の関係だけなんか虚しい、そう言う佐伯の意見は確かにその通りだと思う。なのに、そうだなと同調できないのには、恐らくこいつの隠れた本性のせいだ。言葉の端々から伝わる。
 自分だけが救ってやれると言う――驕りだ。

「あんま藤島くんを甘く見んな。お前が思ってるよりはずっと強いから」

 たぶん、とはあえて口に出さなかった。でも中で三鷹がそうだそうだ!と怒っているから、間違ったことは言ってないと思う。だが佐伯には俺の言葉は届かなかったようで、顔を真っ赤にすると、俺の胸倉を掴み壁に押し付けた。あまりの衝撃に息が詰まる。

「ってぇ…」
<香坂っ>
「うるさいうるさい!お前に何が分かる!悠生の寂しさの何が…!」
「知ってるよ」
「知ったような口きくな!今更横槍入れてくるな!!」

 俺は知らなくても、あいつの親衛隊隊長である三鷹は、ずっとその寂しさに気付いてた。ただ今まで方法が分からなかっただけだ。だから今それを実行してる。それの何が悪い。いい加減イライラして、思わず口調が荒くなる。

「自分が構われないからって俺に当たるなみっともねぇ。それともなに?会長や副会長、書記や庶務だけじゃ満足いかねぇのかよ」
「……なっ!」
「それとも藤島くんのこと好きなのお前?」

 からかいついでに出た言葉だった。なのに、それに佐伯は思わぬ反応を見せた。そう、顔どころか耳まで真っ赤だ。俺だけじゃなく、三鷹もその反応を見て驚いていた。え、うそ。もしかして……。

「え、ホントに好きなわけ…?」
「ッ、うるさい!!」
<香坂ッ!!>

 ガツッと、頬を殴られ、何が起きたのか一瞬分からなかった。ズキズキと熱を持つ頬の痛みに漸くこいつに殴られたと理解するも、殴られる理由が何一つないから俺は大分頭にきた。だが俺が拳を繰り出すよりも先に、佐伯が俺の胸倉を押し返した為、俺は耐え切れずに床に尻もちをついた。ああくそ!マジで貧弱な身体だな!強い力に耐えられない!
 そしてそのまま佐伯は何も言わず走り去った。悔しそうに唇を噛み締めながら。俺はその後姿を睨み付けながら、んだよアイツと不平を漏らす。

<香坂ッ、だ、大丈夫!?>
「え、ああ…」

 三鷹が心配そうに焦っている声が聞こえ、思わずそのまま返事をしてしまう。ハッとして辺りを見渡すが、良かった。誰も居ない。俺は大丈夫だと言って、三鷹の頬を摩る。

(悪い。また傷作った)
<別に僕には何ともないから…>
(つか、お前が心配してくれるなんてな、ちょっとびっくり)
<っ、はああ!?だだ、誰が心配なんか…!>
(あんなに焦って大丈夫?なんて滅多にねぇじゃん。心配してくれてありがと)

 だから心配なんかしてないから!と中で必死に言う三鷹に、俺はハイハイと笑いながら適当に返していた。
 まさかその場面を誰かに見られているとも知らずに。


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