親衛隊隊長を代行します | ナノ
6

「――あはっ」

 俺の言葉に面食らったような藤島悠生だったが、沈黙の後突然吹き出した。なんだこいつ。大丈夫か?

「やっぱり、今の三鷹くんは面白いよ」

 先程までの疑いの眼差しが嘘の様に、藤島悠生は満面の笑みを浮かべている。だが聞き捨てならない。面白いってなんなんだ。正直心外だ。こっちは真剣なのに、俺はお前を楽しませたいわけじゃないぞ。

「あはは、怒った?」
「別に…」
「うそ。怒ってんじゃん」
「うっせ。笑うな」

 ムスッとしながらそう言うと、藤島悠生が更に面白いと言わんばかりに笑った。

「……なんかさ、今の三鷹くんと一緒にいるとさ、こーなんてーの?凄く楽しーよ」
「分かったって。どうせ俺は笑いもんだよ」
「そーじゃなくて、友達がいたらこんな感じなのかなって思ったの」

 そう言って少し寂しげに笑った藤島悠生に、はあ?と思わず間抜けな声が出た。
 何こいついきなり。え、まさかとは思うけど……。

「え、何お前。友達いない…とか?」
「んーどうだろ。いないんじゃない?セフレは居るけど」
「そんなもん作る暇あったら友達作れ馬鹿。え、何だっけ。生徒会長とかは?友達じゃねぇの?」
「かいちょーたち?んーあんまそう考えたことはないかなぁ。お互いビジネスと言うか、表面上な付き合いって感じかなぁ」
「ビジネス?」
<あのさ、此処が金持ち学校って忘れてない?悠生様達は家柄もトップクラスなんだ。だから将来のビジネスパートナーとなりえる会長達と表面上仲良くするのはお互い為になるんだ>

 なるほど。あくまで表面上なのか。けどそれは、同じ生徒会の仲間として寂しくないのだろうか。

(つかこの歳になるまで友達一人も出来ないとか嘘だろ)
<……この学校じゃ珍しくないよ。家柄が全てだから。誰も、その人個人を見てはくれない>
(え?)
<だから悠生様は……>
(三鷹?)
<一人は嫌だと、哀しげに顔を歪めて……それが、僕には泣いているように見えたんだ>

 中で三鷹がポツポツと呟いている。独白のようなそれに、俺はどうしたものかと内心首を傾げた。

<だから僕は親衛隊を作った。少しでも悠生様の寂しさを紛れさせてあげたらと、そう思ったから>

 そうだったのか。三鷹が親衛隊を作った経緯には、そんな思いも含まれていたのか。その言葉を聞いて、三鷹がどれだけ藤島悠生を大事に思っているのかが改めて分かる。こいつは本当に好きなんだな。
 それなのに、いまいちその思いが藤島悠生に伝わらないのが残念だ。三鷹はその思いを藤島悠生に伝えようとは思わなかったのか。そうしたらこいつが自分の親衛隊を無下にすることはなかっただろうに。普通の友人として、一緒に過ごしていけたのかもしれないのに。

「ん?ああ、そうか…」
「え?何?」

 思わず口に出してしまった。藤島悠生が不思議そうに俺を見た。
 正直こいつは苦手だ。何を考えているのか分からないし、人を傷つけることをあんまり気にしてもいない。だけどさっきの寂しげな表情は、少し気になる。ほんの少しな。

「友達はベタベタ触ってこねーし、エッチもしねぇよ」
「……?」
「それが普通の友人関係だ。分かった?分かったら…ほら」

 プイッとそっぽを向きながら差し出した手を、藤島悠生は中々とらない。と言うか、この手は?と言う表情だった。横目でそれを確認した俺は、一つ溜息を吐き、大変不本意だがこの手の意を教えてやった。

「ヨロシクの握手」
「え?」
「お前が親衛隊を信用出来ないならそれまでだけど、少しでも理解しようと思ってんなら…友達から、始めればいいだろ」
<友、だち?>

 セフレでも、表面上の関係でもない。ごくごく普通の友人として接して行こう。それが、こいつと親衛隊の関係改善の第一歩だと思った。好意を持っていた三鷹はきっと友人になろうとは考えていなかったのだろう。けど、俺はこれが一番いいと思う。

「友達が居たらなぁとか、想像だけで終わらすな。寂しい表情するくらいなら、自分から壁作んな。友達が欲しいなら、自分から歩み寄れ」
「――!」
<香坂…>
「言っとくけど、友達になろうとか、敢えて口に出すものじゃねーからな?」

 つかそんな恥ずかしい事口に出すやついねぇか。だから、この手をとった時点で俺と藤島悠生の友人関係はスタートすることとなる。て言うか未だかつてこんな始め方したことねぇよ。まあ相手が友達ゼロと言う特殊さを持ち合わせているから仕方ないか。
 俺の言っている事を理解したのか、藤島悠生は凄く驚いた表情をしていた。そしてポツリと、言葉を漏らす。

「リョータは…」
「あ?」

 思わず反応してしまったが、こいつの言うリョータは佐伯のことだ。

「身体だけの関係なんか虚しいだけだ。俺が友達になってやるって言ってた」
「へえ」
「だから、嬉しかった。俺にも友達が出来たんだって。けど、俺の求めてたのと、なんか違ったんだよねぇ」
「それはお前が佐伯に好意があるからじゃねぇの?」
「そう、なのかなぁ?よく分からない」

 どうなんだろ?と曖昧に笑って首を傾げる藤島悠生。もしかして初恋もまだなのかこいつ。何て言うか、あれだな。ある意味欠けている気がする。人の気持ちを汲むのも下手だし自分の気持ちも分からない。とてもアンバランスなヤツだ。
 この学校が、こいつをこうさせてしまったのだろうか。それは俺には分からない。

「でもね。三鷹くんと過ごしたあの時間」
「あ?」
「あの時間は…本当に楽しかったんだ。演技とかじゃ、なかったよ?」

 俺が演技だと疑っていたのに気付いたのか、藤島悠生はそれを否定した。じゃああの時のお前は、素で笑っていたと言うのか。とても楽しそうに。なら、答えは決まったようなもんだろ。

「なあ。いい加減手だしっぱ疲れるんだけど」
「あ…」
「佐伯って言う友達も居れば、俺って言う友達も居る。もうそれでいいじゃん」

 多く持って、損はねぇぞ。そう言って笑うと、藤島悠生は少し目を見開き、そしてフッと口元を緩め、笑った。

「キミ、本当に三鷹くん?」
「前にも言ったろ。俺は…三鷹弥一だよ。お前の親衛隊隊長の」

 俺の言葉に頷いた藤島悠生は、今度はちゃんと俺の手を握った。

「三鷹くんと友達になるなんて、考えたことなかったなぁ」
<それは…僕もですよ。悠生様…>

 中で三鷹が呟く。でも落ち込んでいる訳ではなさそうだ。てっきり友人と言う位置づけに納得いっていないと思っていただが、そうではなさそうだ。何と言うか、こう言う方法もあったのかと、そう思っているのかもしれない。

(良かったな。友達第二号が藤島悠生で)
<なっ、別に僕は友達なんか…って、二号?>

 いつものツンを発動させるかと思いきや、俺の言葉が引っかかったのか、不思議そうな声を出した。それに対して俺は、ああ…と声を漏らす。

(お前の友達第一号は、俺だから)
<……!>
(だから、こいつは二号ね)

 二人も友達出来て嬉しいだろ?そう茶化す様に三鷹に話しかけると、三鷹がキーキー怒り出した。

<ばば、ばっかじゃないの!?何で僕がお前みたいなちんちくりんと友達にならないといけない訳!?>
(誰がちんちくりんだ!)

 たく、ホント素直じゃねぇなこいつ。
 内心呆れながら、俺は目の前で何処か嬉しそうに笑う藤島悠生を眺めるのであった。


<……ありがと>
(あ?何?)
<馬鹿って言ったの!>
(はあ!?ケンカ売ってんのかお前!)


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