親衛隊隊長を代行します | ナノ
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 俺が事故に遭ったのが六月末。今は丁度七月に入った頃だから、あれから大分時が経ったんだな。それでも、俺と三鷹を取り巻く状況は変わらない。

「みーたーかーくーん」
「……」
「えー、この距離でシカトとか冷たすぎぃ」
「……」
「ねぇ三鷹くんてばぁ」
「こっちは暑いんだよ。今すぐ離れろ。でないと殴る」
「また暴力?三鷹くんてば手が早いんだから」

 手が早いとかお前には言われたくねぇよ。
 しかし、俺と藤島悠生の状況は変わった。しかも俺としてはあまり良くない方に。
 そう。何故かあれ以来、俺の所に毎日来るのだこの変人は。どうしたものか。

「隙ありー」
「うぎゃあああッ!!」

 俺が考えに耽っていると、突然耳に生温かい感触が。ベロリとこの変態が俺の耳を舐めて来た。思わず大きな声を上げ、文句を言うより先に手が出る。ヤツの顔に裏拳が見事ヒットしたのを確認すると、すぐさま距離をとった。

「ホント…手ぇ早い…」
「おおおお前が変な事するからだろっ!」
「アハハ。こんな事に動揺するなんて、随分と初心になったよねぇ三鷹くん」
「うっせぇ!もう俺に近寄るなバーカバーカ!」

 まるで子供のように相手を罵り、俺はヤツに背を向け歩き出す。くそっ、本当に何だよあいつ。

「あ、待ってよー三鷹くん。ごめんて、怒らないで」

 笑いながら謝ったって俺のイライラは治まりはしない。無視して食堂に向かう俺の後ろを、藤島悠生が笑いながらついてくる。

<ちょっと!悠生様にこんだけ構われといてその態度…許すまじ香坂!けど羨ましいッ!!>
(最後本音漏れてんぞ三鷹)

 俺の中でこの身体の持ち主、三鷹弥一がキーキー騒ぐ。俺だって、今すぐにでもこの身体をお前に返してやりたいわ。
 けど、この変態のお蔭で、こうしてまた三鷹と話すことが出来ているんだ。その点に関してだけは礼を言ってやる。心の中で。





「……三鷹」
「まさか、こんな所で逢うなんてね」
「今日お前ずっと寝てただろ?大丈夫だったか?」
「さあ。自分じゃよく分からない」

俺の目の前にいる少し不貞腐れた様子の美少年、それは紛れもなく鏡で見た三鷹自身だった。俺は自分の身体へと視線を移す。色白な三鷹と違い、少し焼けた肌。顔は分からないが声で分かる。今これは俺の身体だ。

「ふーん。成る程。中身と同じく野蛮そうな顔してるね」
「おいコラ。ケンカ売ってんのか」

 初めて見た三鷹の姿プラスその曲がり切った性格。ある意味合っているかも。整った眉を吊り上げ俺を睨み付ける三鷹をマジマジ見てそんな事を思った。

「もとに戻ったのか…?」
「まさか。こんな真っ暗な場所、外の世界になんてないでしょ」

 言われて気付いた。辺りは真っ暗だ。俺達以外何もない。
 ああ、そうか。これは夢なのか。でもこうして三鷹と対面できたのも何かの縁だ。
 夢でもいい。少しでも安心してほしくて、俺は今日あったことを三鷹に伝えた。勿論、藤島悠生にあっっついキスを貰ったこと以外のことな。

「親衛隊の存続が決まった。アイツが、そう手配してくれた」
「悠生様がっ?」
「ああ。隊長も続投だ」

 信じられないと言わんばかりに目を見開く三鷹に、俺は一歩近づいた。俺よりも頭一つ分低い三鷹の頭に、ポンッと手を置く。
 三鷹が勢いよく顔を上げて俺を見た。

「な、なにしてっ」
「あいつがどう言う条件を出すかは分からないから、お前には負担になるかもしれないけど…」

 でも、隊の皆も言い過ぎたと謝ってくれた。俺が口から出まかせを言った会長の親衛隊になると言う発言も、藤島悠生が誤解だと説明してくれてそれ以上大事にはならなかった。

「けど、お前が護ろうした親衛隊は戻って来た。護ろうとした藤島悠生も協力してくれる」

 いつこの身体をお前に返しても、きっと大丈夫な位に元の環境に戻ったんだ。俺のした事が許される訳ではないけど、安心してほしい。
 そう思いを込めて、三鷹の頭をポンポンと撫でた。

「な、ななな…!」
「ん?」

 すると三鷹の顔がみるみる赤く染まる。思わぬ反応に、思わず首を傾げた。

「み、三鷹?どうし…」
「ぼぼ、僕の頭を撫でていいのは悠生様だけなんだからぁぁぁ!」
「いってぇぇ!」

 そう叫んでいきなり俺の頬を思いっきり平手打ちしてきた三鷹。夢なのに何故か痛い。

「いきなり何すん――」

 だ!と抗議する前に、目の前がユラユラ揺れる。
 え、三鷹の軟弱ビンタでそこまでダメージ食らってんの俺。マジかよ三鷹強ぇとか思ってたが、三鷹もフラフラと足元が覚束ない感じだった。
 ああ、成る程。夢から、醒めんのか。





<お前は今隊長なんだよ!?僕の代わりにしっかり悠生様の頼みを聞いてよ!>

 あれ以来、三鷹と会う夢は見ていない。朝起きても俺は三鷹の身体に入ったままだし、三鷹も中から出れる様子はなかった。そうこうしてる間に月日は流れていくわけだけど…うーん、頼みを聞けと言われても。

「三鷹くん。アイス食べよーよ」

 ネ?と俺に笑いかけてくる藤島悠生を見て、俺は一つ溜息を吐く。
 そうだよな。また前のような事態にしない為にも、こいつの機嫌は損ねてはいけない。
 とは言え、冷たくあしらったところですぐにまた俺の所にやってくるのだけど。


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