親衛隊隊長を代行します | ナノ
8

 一体、何故こんなことになったのだろう。そう思わずにはいられない理由は、俺の後ろをついてくる藤島悠生のせいだった。

「ねー三鷹くんてば。どこいくの?」
「……」
「全く、さっきから黙りだよねぇ」
「……」
「あ、そう言えばお揃いだね左頬。三鷹くんもチョー男前じゃん」

 いや、と言うか何故いる。
 そう聞けないのは、俺が大混乱しているからだろう。そもそもこいつがやって来ること自体俺の考えにはなかった。くそっ、どう言うつもりだ。

「俺は何にしようかなぁ。んー、Aセットにしよぉ」

 そうこうしている間にも、食堂についた。取り敢えず何か頼もうと眺めていると、隣では暢気にメニューを選ぶ藤島悠生が。俺はそれにも答えず、取り敢えずCセットを頼む。Cセットが甘いもんじゃないことを祈る。

「よっと」

 カウンターで渡し、席に着いたものの、何故かその前にはヤツの姿が。俺と藤島悠生の組み合わせに、周りが騒然とする。そりゃな、昨日の今日だからな。話題の二人が揃ってりゃみんな驚くわな。
 俺は一つ大きく溜息を吐き、目の前の相手を見据える。そうだ、此処で逃げる訳にはいかない。俺は、三鷹の為にも何とかしないといけないんだ。

「それで、俺に何の用?」
「んー?」

 普段の三鷹とは違う様子にやはり違和感があるのか、少し首を捻る。だがすぐにその表情に笑みを浮かべ、俺を見つめ返す。余裕のある表情がムカつくぜ。

「用がないと会いに来ちゃいけないのー?」
「は?」

 ニシシと歯を見せ笑う相手を、俺はさぞかし間抜けな顔で見ていることだろう。いや、これは三鷹の身体だ。きっと間抜けな顔にも愛嬌があるに違いない。

「何言ってんだお前。昨日の事もう忘れたのかよ」
「あれー?その昨日の事で困ってるのは三鷹くんじゃないのかにゃ?」
「……!」

 こいつっ!と思わず殴りたくなるのを抑える。結局は全部お見通しって訳だ。

「親衛隊の子から色々言われてるでしょ?」
「まあ、あれだけ啖呵きったらな」
「あれー?意外に落ち着いてる?」

 いやいや、お前に殴り掛かりたい衝動をかなり抑えてるよ。悪いけど。
 とは言えず、ムッと口を横一線に結ぶしか出来なかった。

「それで?それとお前が会いに来るの、何の関係があんの?」
「んー?だから、無かった事にしてあげようかなぁって思って」
「……は?」

 思わず耳を疑った。

「あはは。驚いてるー」

 驚き固まる俺を見て満足しているのか、藤島悠生が上機嫌に笑う。駄目だ、こいつが何を考えているかなんて俺には分からん。

「ど?三鷹くんにとってはいい話だと思うけどぉ?」
「……勿論、タダじゃねぇんだろ」

 けど分かるのは、この話が俺に有利な話なわけがない。絶対裏があるに決まってる。案の定、俺の言葉に藤島悠生が笑みをより深めた。

「ふふっ、何だと思う?」
「知らねぇよ。けど……」

 思ってもみなかった話が舞い込んで来たんだ。また俺の感情だけ突っ走らすわけにはいかない。

「頼むから、隊の子たちに危害が加わる事だけはやめてくれ。俺に出来る事ならなんだってするから」
「へえ…」

 藤島悠生が何だか意外そうな声を上げる。何だいきなりと思い、思わず訝しげな顔をしてしまう。

「三鷹くんがそんな隊員思いだとは思わなかったなぁ」
「……それは、お前が知ろうとしなかっただけだろ」

 三鷹は最初から隊員思いだったよ。そんな三鷹をお前が見ようとしなかっただけだろ。何だか俺が悔しくなって、思わず非難の目を向ける。そんな俺の非難の目を藤島悠生が何故か楽しげに受け止める。何だこいつ、マゾか。

「んで、何すればいいんだ」
「うーん、そうだなぁ。じゃあ、ちょっと立って。そんで目瞑って」

 は?と思わず零れた声。しかし藤島悠生はいいからいいからと言って急かす。くそっ、目瞑れって、もしかして殴られんのか?今でさえ昨日の佐伯とか言うヤツに殴られて腫れてんのに。これ以上傷作ったら、今度こそ三鷹に嫌われんな。

「…おい、まだかよ」
「まあまあ」

 しかし俺が思っている様な痛みは襲ってこない。それどころか、今凄く近くで声がしなかったか?
 そう思った瞬間、急に横から胸倉を掴まれた。うっ、と一瞬息が止まった。だがそれに驚くよりも先に、唇に感じた感触に全ての意識が持ってかれた。

「――ッんん!?」

 ザワッと食堂がざわついた。いや、それよりもだ。何でこいつの顔がこんなに近くにある?おかしいだろ。どうして、何で。俺とお前が口をくっつけ合ってんだ?

「ッ、ん、やめ…ぅんっ…」

 舌が、口の中を撫でまわす。唇を、歯列を、舌を。藤島悠生の熱い舌が優しく撫でる。息が出来なくてそいつの胸を叩くが、より一層胸倉を掴まれ、深く深く口付けられる。抵抗も虚しく、俺はただ遊ばれていた。俺の耳に届くのは周りのざわめきではなく、すぐ傍で聞こえる唾液が混ざり合う卑猥な音。
 そして、どれ位たったのだろう。漸く唇が離された。けど酸欠状態で何も考えられない。なに、俺、何で頭回んないの?しかも、一人の力じゃ立ってられなくて、支えてもらわないと立ってらんない。でもよりによって支えてもらってんのが藤島悠生とか、どう言うことだよ。

「あはっ、気持ち良さそーな顔してんねぇ三鷹くん」
「ハァ、ハァ…」
「立てない?ベロチューしたの初めてじゃないからね。三鷹くんが舐められて好きなトコ、ちゃーんと覚えてるよぉ?」

 クスクスと笑う声が聞こえるが、何を言っているのか内容を理解出来る状態までは戻ってきていない。一生懸命に酸素を取り込む。口を開けて、唾液が垂れるのも気にせず。

「ハハッ、エロ…っ」
「――!」

 その言葉を聞いた瞬間だった。一気に思考がめぐり出した。そして文句が口から飛び出すよりも先に、俺の左手が飛び出していた。もう感情が先に突っ走るとかそんなのも考えずに。ゴッと今度は右頬にヒットした拳に、完璧に油断していたそいつは三鷹の貧弱な身体で繰り出した拳の割には吹っ飛んだ。やれば出来るじゃん三鷹。

「ったー…今度は反対の頬?三鷹くんてば凶暴ー」
「ばばば、おま、な、なにし…!!」
「あっは。顔めっちゃ赤い」

 最悪。最悪。最悪!
 両頬を腫らしながらもニタニタ笑う藤島悠生を、俺は信じられないものを見る様な目で睨む。駄目だ、こいつ、ホント嫌いだ!しかも殴られたのに笑ってる。やっぱマゾだ!!

「俺の親衛隊隊長として頑張って、俺を楽しませてよ」
「う、うっせぇ!話しかけんな!!」
「これからもよろしくね、三鷹くん」

 本当に最悪の出会い。
 だけど、これが俺と藤島くんとの運命の始まりでもあった。


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