「ハア?王様ゲーム?」

 大樹の素っ頓狂な声が教室に響く。今は昼休み。昼食を済ませ各々思い思いに行動する時間。そんな中、クラスメイトの多野(たの)が何処からか用意した割り箸を高々に上げ、俺と大樹の前に立った。多野の後ろには宮田(みやた)と佐竹(さたけ)が居て、既に一緒に盛り上がっていた。と言うかそもそもな話、俺は王様ゲームとやらを知らない。それを伝えると、ならやってみようぜ!と断れない雰囲気に。大樹もやれやれと肩をすくめながらも、付き合うことにしたらしい。

「んじゃあ始めんぞー!さあ引け野郎共!」

 そう言って差し出された割り箸を、皆ダラダラと引いていく。俺は一番最後に残っていた割り箸を引いた。割り箸には三と書かれている。いったいどう言うゲームなのか。

「オーサマだーれだ!」

 多野が大きな声でそう聞くと、宮田がスッと手を挙げ割り箸を高くあげた。周りで参加していない他のクラスの奴らがヒューヒューと何故かはやし立てる。

「じゃあ三番と五番がポッキーゲェム」
「いきなり難易度高っ!」

 多野が楽しそうに突っ込む。ジャジャーンと言う効果音よろしく、宮田が出したのはポッキーの袋。はて、ポッキーゲームとは如何様なものなんだろう。どうやら王様に数字を当てられた人がその命令に従うのがこのゲームのルールらしい。つまり俺と、誰かがそれをやるってことか。
 宮田がポッキーを取り出し、「ほら早く」と言った瞬間、大樹がガタッと大きな音を立て立ち上がる。

「イヤイヤイヤ!なんでよりによってポッキーゲーム!?てかなんで王様ゲーム!?」
「何だよ今更。まあ敢えてその質問に答えるとしたら、ポッキーが余って暇を持て余した俺達が考え抜いた方法が王様ゲームだったってわけだ」
「お前等の馬鹿に俺と宗介を巻き込むな!俺は絶対やらないからな!」

 大樹は何故か焦っている。そして終わりだと言わんばかりに俺達に背を向け、ペットボトルのお茶を飲む。それ程までにポッキーゲームとやらが嫌なのか、はたまた王様ゲームが嫌なのか。 

「そこまで嫌がるってことは大樹が当たったのか」
「んじゃあもう一人は?」
「あ、俺だけど」

 手を挙げた俺に、大樹が飲んでいたお茶を勢いよく噴き出す。噴き出した方が窓の方でよかった。お茶はすべて窓にかかっているようだ。

「そ、すけ…?」
「ああ。けど、大樹がそこまで嫌がるなら俺もやめるよ」
「え、あ…」
「でもポッキーゲームってどう言うものなんだろ。ちょっとやってみたかったかも」
「う…」
「ほら大樹。宗介がやりたがってんぞ」

 だけど、と呟く大樹の顔は何でかほのかに赤い。どうしたんだろうと首を傾げる俺を余所に、多野が大樹の頭を固定し、佐竹が大樹の両手を抑えた。そして宮田が驚いている大樹の口に一本のポッキーを突っ込んだ。

「男ならうだうだ言わない。さあ宗介、いいぞ」
「いや、でもやり方分かんないんだ」
「大樹が咥えてるポッキーを、宗介が反対側から食べてくんだ。ゆっくりな。んで、どこまでポッキーを折らずに食べられるかがこのゲームの楽しみだな」
「へえ」

 何だ、そんな簡単なゲームなのか。でも大樹は嫌がってるし無理やり続行するのは気が引ける。しかし俺の思いも虚しく、宮田に背を押され大樹の前に立つ。

「あ、待って宗介」

 隣で俺達の王様ゲームを眺めていた女子グループに宮田が何かお願いしていた。そして彼女たちからデカいピンを借りると、俺の前髪がパチンと上げた状態で留められる。
 何故かキャアと教室が色めき立った。一瞬だったけど。

「絵面的にもその方がいいし」
「そうか、分かった」

 実際よく分かっていないがとりあえず一つ頷き、大樹との距離をつめ、ポッキーの端を口に含んだ。そしてそこで漸く見た大樹の顔はさっきとは比べ物にならないほど真っ赤に染まっていた。思わず目を丸くする。大丈夫なのか大樹のヤツ。と言うか周りからカシャカシャとシャッター音がするのは何でだ。

「はいスタート!」

 多野の声に意識を戻された俺は、慌ててポッキーに歯をたてた。えっと、ゆっくりだよな。ゆっくり。ポキ、ポキッと細かく一定の間隔でかじっていく。なんか案外難しいなこれ。
 ポッキーばかりに気を取られていた俺は、フッと目線をあげて今一度大樹をみた。揺れる瞳と目が合ったかと思うと、真っ赤な顔が更にブワアァと赤く染まる。耳まで赤い。そして冷や汗までみえる。真っ赤な大樹に何でか俺まで釣られて顔が熱くなってきた。何でそんなに赤いんだ。
 と言うか何で周りのやつらは物音一つたてずにゲームを見てるんだ?盛り上がってくれないとなんかやり辛いぞ。そう思っていると、フッと大樹の息がかかるところまでやってきた。うん、この辺りがいいかな。ポッキー折るぞと言う視線を大樹に向けた。しかし大樹はギュッと目を瞑っていて俺の視線に気付かない。
 仕方ないこのまま折るか。そう思ってポッキーを強く噛もうとした瞬間だった。ドォン!と大きな音が響きわたり、学校全体が揺れた。しかもその揺れでポッキーを折ってしまった。突然のことに騒然とするクラス、そして一人が「あれ!」と言ってグラウンドを指差す。皆が一斉に窓に寄り、そして騒ぎ出す。それもそのはず、何と校庭の真ん中に大きなクレーターが出来ていた。ベコンと凹んだ校庭に慌てて先生達が飛び出していた。

「さっきの揺れ、あれが原因か。にしても突然だったよな…って、あれ。大樹は?」
「え?あれ?」

 大樹の姿を捜すように、佐竹がキョロキョロと見渡す。俺も教室を見渡してみたが確かに大樹の姿がなかった。トイレか?なんて佐竹と二人で首を傾げる。そんな俺たちを見て、宮田が「鈍感…」と呟いていた。
 結局その日、校庭がダメになったので体育の授業は行われなかった。そしていつの間にか戻ってきていた大樹だったが、その日は俺の見る限り始終顔が赤かった。もしかしたら風邪だったのかもしれない。何だか悪い事したかな。しかし次の日はいつも通りだった。しかも校庭まで元通り。いやいや、何事もなくて良かった。そして日常が過ぎ去る。
 そんな俺達の日常の一コマ。



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