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俺の言葉に、会長が目を見開いた。
「逃げる…?俺が、何から?」
「それは会長が一番よく分かっている筈です」
「話にならないな…」
顔を顰め、会長は首を横に振った。やれやれと言わんばかりのその表情には、ありありと俺への失意の念が浮かんでいた。そして会長は、そのまま俺達に背を向け歩き出そうとする。俺はその背になおも声を掛けた。
「俺は、会長に答えを見つけて貰いたい」
「……」
「この冥無学園で、それが見つかると思ったんでしょう?」
会長は足を止めない。でも、あからさまな嫌悪を向けられても、俺の言葉を無視されても、何故だか自分の心の中は酷く穏やかだった。だから俺は会長へ声を掛ける。少しでも俺の言葉が届くと信じて。
「頑張る理由を、探していたんじゃないんですか!?」
静かな廊下だったから、余計に響いて聞こえた。そんな俺の叫びを聞いて、会長がピタリと足を止めた。そしてゆっくり振り返った会長は、眉間に皺を寄せ、那智から聞いたのかとポツリと呟いた。
その反応を見て、流石に今のを本人に言うべきではなかったと言ってから後悔した。穏やかだったはずの心の中が今の失敗で突然ざわつき始める。慌てて本人の了承なしに聞いてしまった話についての謝罪をしようと口を開いた。
「す、すいません。立ち入った話を聞いてしまって、その…」
「それで?」
「え…?」
再び俺の方に歩いてきた会長の声や表情からは、静かな怒りが感じ取れた。
「それがどうしたと聞いているんだ」
それがどうした、か。確かに俺は、会長にそれを言ってどうして欲しかったんだ?何かが変わると思ってた?会長が此処を辞めないと言ってくれると思っていた?引き止められると、思ってた…?
馬鹿か、俺は。会長をよく知りもしなかった俺が、引き止められる筈もないのに。黙り込んでしまった俺を、会長が酷く冷たい表情で見据える。そして、止めの一発。
「――お前に、俺の何が分かる」
俺はその言葉に返す言葉が見つからなかった。
*
チョンチョンと肩を叩かれ、俺の意識が急激に戻される。勢いよく後ろを振り返れば、先程と同じ位置に立っている清水と目が合った。え、あれ?
「……俺、放心…してた?」
俺の問いに、清水がコクリと首を縦に振った。それを見て俺は、ゆっくり辺りを見渡した。静かで暗く長い廊下が続くだけで、そこには俺達二人しかいなかった。そう、もう会長の姿は何処にもなかった。
「…あ、悪い清水。その、話し込んじゃって……」
「……」
「ホントごめん。ごめん…」
最早何に謝っているのか分からなくなってきた。でも、俺の口から謝罪の言葉が止まる事はなく、清水はただ一回、コクリと首を縦に振っただけで、それ以降、反応は返ってこなかった。
すっかり暗くなった廊下を、また二人で歩き出す。けど、凄く足が重たい。泥に足をとられている様な感覚に、俺は思わずため息を吐いた。
「なーにしてんの。こんな所で」
「うわっ」
と、突然後ろから誰かに圧し掛かられて、声を上げてしまった。と言うか俺達以外誰も居なかった筈なのに。清水を見ると、清水も驚いているのか、少し肩が上がっていた。
「な、那智先輩。何で此処に?」
「んー?宗介が遅いから心配になって探しに来ちゃった」
てへ。と効果音が付きそうな笑い方をした那智先輩は、そう言って自然に俺の横に並んだ。でも俺が心配だからって見に来るなんて、何だか先輩は過保護だなぁと思ってしまう。
「でも、どうしたの?」
「え?」
「凄く寂しそうな顔してる」
プニッと頬を指で突きながら、先輩が優しく俺に微笑みかけて来た。その言葉に、俺は少し心が軽くなったのが感じられた。