伝説のナル | ナノ


23

「久し振り…でもないのに、何故かそう感じるな」

 俺と会長の間に流れていた沈黙。それを先に破ったのは会長だった。確かにそんなに時間は経っていない。けど会長の言う通り、凄く久々に感じる。俺はそれに同意を示し、そうですねと相槌を打った。

「会長は、何故此処に…?」
「部屋にあった物を回収するついでに、校内を見て回っていた。まさか、こんな時間に此処を通る生徒がいるとは思わなかったからな」

 それは何のために、とは聞けなかった。いや、聞かなくても答えは分かっている。これが見納めになるから、そう言うことだろう。でも、何故こんな所に居るんだ?もっと思い出深い場所は他にもたくさんあっただろうに、何故この部屋をジッと見つめていたんだ?

「……何故、だろうな」
「え?」
「自分でも分からない、何故此処に来たのか」

 俺は口に出したつもりはないのだが、会長は俺が疑問に思っていたことに答えてくれた。と言うより、もしかしたら俺と同じことを考えていたのかもしれない。そして答えは分からない。自分がこの場に足を運んだ理由は、会長にも分からないのか。

「でも、此処に来れば会える気がしたんだ」
「誰にですか?」

 俺の問いに、会長がチラリと俺に視線を向けた。そして少し口元を緩めた。あ、笑ってると思えば、それはすぐになくなり、また会長の視線は部屋へと戻される。だが、今ので何となくわかった。つまり会長が会いたいと思っていたのは……。

「俺、ですか?」
「まあ、本当に会えるとは思ってなかったんだがな」

 本当に俺だった。まさか、会長が俺に会いたいと思ってくれていたなんて思いもしなかった。俺は何か用事でもあったのかと訊ねたが、会長は静かに首を振り、そしてまた小さく笑った。

「最後の日を、覚えているか?」
「――!」
「うやむやになってそのままだったから、ちゃんと言いたかったんだ」

 最後の日、それは会長のお兄さんたちが来たあの日の事か。確かにあやふやと言うか、でも会長と最後話したのは覚えている。今でも鮮明に、あの時の笑顔が頭から離れない。俺は小さく頷き、礼なんか要りませんと笑った。

「ああ。でも、俺が言いたい。本当にありがとう」
「い、いえ、俺は何も…」
「それと、途中で投げ出す形になって本当に申し訳ない」

 だがそう言って、綺麗に身体を曲げた会長が俺に頭を下げてくる。慌てて会長にそんな事しないで下さい!と顔を上げる様に言う。だって俺に頭を下げる必要は本当にない。それに、会長のせいじゃない。この事態を招いたのは会長のせいじゃないんだ。だから謝る必要はないんだ。俺がそう会長に言うと、会長は突然表情を無くし、そしてポツリと小さく何かを呟いた。

「……違う」
「え?」
「全て、俺が招いたことだ」

 謝る必要がないと言った俺の言葉に、会長が違うと否定して来た。何が違うのだろうかと首を傾げる俺は、無表情の会長が遠い目をしているのを見て息が止まる。本当に、何も映していないその目は、酷く仄暗い。

「父も、兄も関係ない。俺が弱いせいだ」

 弱い――そう呟いた会長と、以前の那智先輩の姿が重なった。まさか会長からそんな言葉が出るなんて思わなかった俺は、そんな事ないと首を振ったが、その言葉は会長には届いていない様だった。

「俺の弱さが、大切な人を死に追いやった」
「……!」
「どんなに足掻いたって、結局俺は何も護れなかった」

 会長が言う大切な人。それは前に那智先輩が話してくれた、恐らく会長の母親の事だろう。どんな事でも母親の為にと頑張って来た会長が、弱いはずない。だが、母親の死と言うのは俺の思っている以上に、会長の身体に頑丈な鎖となって巻き付いているのだろう。

「逃げていたんだ、ずっとあの家から。だが、もう逃げるのはやめた」
「……逃げる?」
「ああ。此処に来たのだって、あの家に居たくなかったからだ。父も、それを分かっていたのだと思う」

 そう言って会長が自嘲気味笑う。そんな会長を呆然と見つめながら、俺はフと思う。会長は何で、俺にこんな話をしてくれるんだろう。そんな思いが伝わったのか、会長がハッとしたように目を見開いた。その表情には先程の様な仄暗さは消えてなくなっていた。

「あ…すまなかった、こんな話を聞かせて。最後に、俺は誰かに聞いて欲しかったのかもしれない…」
「会長は」
「え?」
「見つかったんですか、答え」

 会長はそう言うけど、俺は納得いかない。最後だなんて言って欲しくない。


「――答えも見つからないのに、逃げるんですか?」


 目の奥が、胸の奥が、凄く熱い。
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bkm