伝説のナル | ナノ


22

 俺の言葉に、清水が驚いているのが分かった。しかしブンブンと横に首を振ると、小さく震える声で嘘だ…と呟いた。

「嘘じゃない」
「嘘だッ」

 終いには耳を塞いでしまった。でも俺も、すぐに信じてもらえるとは思っていない。きっと時間が必要だ。清水に、今のこいつに分かってもらうには。今はまだ俺との距離がありすぎる。だから、少しでも清水に俺を信用してもらうためには、まずこれをどうにかしないと。
 そう思って、俺は今一度ランプに向き合う。

「流れる水、だな」
「……」

 先程清水が言った言葉を反復した。今の声が聞こえたのか、清水が少し此方を見た。それに小さく笑い返し、俺は集中した。ランプに魔力を注ぎ込むために。今までにないくらい、頭の中がクリアだ。何だかいける気がする。そう思って、数秒。それは起こった。

「あ…」

 清水が驚いた声を上げた。俺も、声には出なかったが内心驚いている。なんと、ランプの中央に火が点いている。今の今まで出来なかったのに、清水のアドバイス一つで成功した。信じられない気持ちでいっぱいだ。俺はランプの中で揺らめく綺麗な火から、清水に視線を移し、そして清水に頭を下げた。

「ありがとう」
「っ……」
「清水のお蔭だ。お前が居てくれて、本当に助かった」

 清水が戸惑っているのが伝わって来た。高校に入った時の俺と反応が似ている。俺も、お礼を言われるのに慣れていなかったし、何より自分が誰かの為にしてあげられたことがなかったから、「ありがとう」と言う言葉が凄く嬉しくて、何処かむず痒かった。清水も、少しはそう思ってくれてるといいのだが。
 そう思いながら、俺は小さくお辞儀を返した後輩を静かに眺めていた。





「本当にありがとな、清水」

 あの後、帰って来た先生に出来たことを報告。もう一度先生の前でやっても成功できたので、漸く帰ることが出来た。日がおちてきて赤く染まる廊下を、清水と二人で歩く。清水はもうあまり反応しなくなってしまったが、聞いているとは思うので俺は勝手に話している。
 そして二人で歩いていると、いつも劇を練習していた教室の前に来ていた。思わず足が止まる。フと、会長の顔が頭に浮かんだ。此処で、みんなで頑張って来たのに。会長も、誰より熱心にやっていたのに。どうして、あの人達には分かってもらえないんだ。凄く、それが悔しい。
 清水が、教室の前で立ち止まった俺を見て不思議そうにしていた。だが、フッと清水が俺を通り越してその先へ視線を移した。猫背気味だった背筋をしゃんと伸ばして、何かを見据えていた。俺も、それに釣られてそちらを見やる。
 俺と会長が二人でこっそり練習していた部屋の前に立つ人物に、思わず目を見開いた。


「――白河、会長?」


 俺の呟きに、部屋の前で佇んでいた人物がこっちを見た。そして、俺と同じように少し驚いたような表情をしている。

「安河内くん…」

 何故、会長が此処に?家に戻されて、もう此処には戻ってこないはずじゃなかったのか?
[ prev | index | next ]

bkm