伝説のナル | ナノ


21

「ごめん清水。気を悪くさせるつもりはなかったんだ」

 相手を宥める様に、俺は落ち着いた声で話しかける。もしかしたら、このまま飛び出して行ってしまうんじゃないかと言う俺の予想に反し、清水はどこかぎこちなさを携えたまま再び席についた。
 とてもじゃないが、実験再開ができる雰囲気ではないな。俺は大きな背を丸め、何もない机の上をジッと見つめる清水に、あのさ…と声をかけた。ビクリと、身体が揺れた。

「俺も、ついこの間まで髪長かったんだ。清水ぐらい」
「……」
「口元しか見えないぐらいの髪でさ、長いことその髪型だったから、切ったときはやっぱり落ち着かなかった」

 俺の話をどう思って聞いてくれるかわからないけど、少しでも、俺は自分の気持ちをこいつに伝えてやりたかった。

「盾だったんだ。あの長い髪は。周りから、俺を守る盾。ずっと、俺はそうして生きてきた」
「…!」
「けどこの学園に来て、色んな人に出会って、勇気を貰った。だから、俺はこうして髪を切った」

 切った直後の不安はやはりあった。実際まだ慣れない部分もある。俺の顔を見て真っ赤な顔で逃げ出す人もいるし。けど見える景色は、やっぱり違うんだ。

「変わりたいって思うから、今はまだ模索してる最中だけど、一歩踏み出せた気はするんだ」

 ギュッと、清水が唇を噛む。俺はゆっくり、その頭に手を伸ばした。

「っ、やめろ」

 それに気づいた清水が、俺の手を掴む。すごく冷たい手だ。俺が怯えさせてるせいかもしれない。

「なあ。どうして隠すんだ。そんなに綺麗な色なのに」

 そう、清水の瞳はまるで紫水晶のような輝きを放っている。だが、恐らく清水が髪を伸ばす原因はその瞳にある。けど前黒服の人が教えてくれた瞳の色に、紫はなかった。もしかしたら少し特殊なのかもしれない。

「――から」
「え?」
「気持ち、悪い、から…」

 キモチワルイカラ?言葉をぶつ切りにされて一瞬なんのことだか分からなかったが、繋がった。気持ち悪いから。そう言ったんだ。

「気持ち悪いって、気味悪がられて、親にも、見せるなって…」
「親に?」
「同年代の子も、みんな、気持ち悪いって、近づかなくなって…」

 苦しそうに話す清水が、一瞬自分と重なって見えた。親や、友達となれるはずだった子たちからも見放されて、清水は今までこんな思いを抱えて生きてきたのか。

「でも、頑張ればきっと、みんな見てくれるって、勝手に思い込んで…っ」

 そこでとうとう、清水から涙が零れた。拭ってやりたいが、今はこの先を聞かないといけない気がした。

「中学の、最後の試験の日…呼び出されて、倉庫に行ったら閉じ込められて…」
「…え?」
「試験が終わるまで、出してもらえなかった。開けてって頼んでも、誰も開けてくれなくてッ」

 清水に掴まれてる手を握る力が強まった。きっと辛い思い出だろう。俺も無意識に唇を噛んでいた。清水がKクラスに落ちた理由が、まさか当時のクラスメイト達からのいじめだなんて。

「それで、ずっとそうしている訳か…」

 俺の呟きに、清水は答えなかった。代わりに返ってきたのは、小さな嗚咽だった。

「俺、何もしてない、何もしてないのに…ッ」

 俺もそう思ってた。何もしてないのに、どうして俺がこんな目にって。周りに無関心を決め込む前まではしばしばそう思ってた。けど清水は違う。俺とは違って、努力した。認めてもらうために、最後の最後まで足掻き続けたんだ。けど、その結果が彼に恐怖心を植え付けることになってしまった。周りの目に怯え、人への恐怖でいっぱいなんだ。今の彼は。
 涙を流す後輩を前にして俺は悩んだ。こんな時、俺はなんて声をかければいいんだ。みんな、俺にどう声をかけてくれた?大樹、凪さん、剛さん、那智先輩、蓮――色々な人たちを思い浮かべた。みんな、優しかった。こんな俺を見捨てず話しかけてくれて…俺の話を、嫌な顔一つせず聞いてくれる。恵まれたんだ、俺は。周りに助けられて此処まで来た。
 心を落ち着かせ、俺は清水の手にソッと手を重ねた。俺の手を掴む力が弱まったが、俺はその手はそのままに、安心させるように笑った。


「俺は清水のその目。綺麗で大好きだよ」
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bkm