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「キミは何度言えば分かるのかね?」
「すいません…」
「今日の課題が出来ていないのはキミだけだ。今日放課後此処に来なさい。補習だ」
「……はい」
案の定だ。俺に集中力がないせいで、結局導具精製の授業は散々だった。補習、つまりは居残り決定となった。今日劇の練習がないのが救いだ。
「もう一人パートナーが欲しい所だな。田辺、キミはどうだ?」
「あー、俺も残ってやりたいんですが、クラスの用事があって…」
ごめんな安河内。そう言って頭を下げてくる先輩に慌てて首を振った。これは俺のせいであって先輩が謝る必要は微塵もない。それにもうすぐ学園祭なのだから、クラスの方が忙しいのは当然だろう。
「ふむ、なら仕方ない。彼一人で……」
と、先生がそこで言葉を切った。不思議に思い、少し驚いたような先生の視線を辿ると、小さく、だが確かに手を上げている人物が俺の隣に座っていた。俺の隣、つまりは清水だ。思わず、え…?と声が出てしまった。先生もまさか清水が手を上げるとは思わなかったのだろう、目を真ん丸くさせながら、キミがやってくれるのか?と清水に問い掛けた。
清水はコクリと、小さく首を縦に振った。
「ま、まあ清水なら心配はいらないな。では安河内くん、また放課後に」
「はい。すいませんでした」
そう言って先生が実験室から出ていく。情けないなぁと思い一つ溜息を吐くと、田辺先輩がポンッと背中を叩いてくれた。
「まあ気にすんなって。こう言う時もあるさ」
「あ、有難うございます」
「それに放課後は清水も一緒なんだからすぐ終わるだろ。頑張れよ」
その言葉に、再び有難うございますと頭を下げると、先輩は軽く手を振りながら実験室を出て行った。
「ごめん清水、さっきはありがとう。また放課後宜しくな」
「……」
席を立った俺が、未だ席から動こうとしない清水にお礼を言うと、その大きな身体が少し揺れた。反応はしてくれたからきっと聞いてはくれたんだろう。返事は相変わらずないけど。でも、今の今まで俺達と関わろうとしなかった清水が、何故俺の補習などに付き合うのか。少し疑問ではあるが、正直この授業で一番の成功率を収めている清水が付いていれば、確かに怖いものなしかもしれない。
「宗介ー、教室戻ろー」
「あ、今行く。じゃあな清水」
蓮に呼ばれ、俺は急いで荷物を待った。最後にもう一度清水に声を掛け、俺と蓮は実験室を後にした。
*
そして問題の放課後。実験室にはすでに先生がおり、実験に使う道具を用意していてくれた。キョロキョロと辺りを窺うが、まだ清水の姿がない。本当に来てくれるのだろうかと少し不安が先行し始めた時、ガチャリと扉を開けて入って来たのは清水だった。内心ホッとした。良かった来てくれて。
「では始め。清水は安河内くんのサポートに回ってくれ」
今日の課題は、取り敢えずこのランプに魔力を注ぎ込んで火をつける事。魔力をこの中にいれれば、自動的に火が灯る導具だそうで、魔導操作の練習によく使われるらしい。導具精製もこれに似た様な形式なので、やはり鍵となるのは魔導操作だ。だがまともに発動できない俺は、未だにこのランプに火が灯せない。
唯一これを一度目にして簡単にやってのけたのは清水だけだったのは記憶に新しい。
「……」
俺は集中するべく目を閉じ、そしてランプに手を翳す。イメージはこの中に魔力を巡らせる、そんな形を想像しろと言われた。とにかく、集中しろ。ランプだけに全てを集中させるんだ。そう思っている時に限って、突然校内放送が流れ、思わずガクリと項垂れる。タイミング悪すぎるだろ。しかもそれは先生を呼び出すための放送だった。
「呼ばれてしまったね。少しの間空けるけど、彼の事ちゃんと見ておいてくれ」
いいのか。それで。そう思ったが、今のは清水に言ったのだろう。でもそれは清水の力を信用してないと言えない言葉だと思う。今でこそKクラスだけど、やっぱり以前は一目置かれるぐらい凄かったのかもしれない。チラリと清水の方を見やると、髪で表情は窺えないが、何処となく緊張しているのが伝わって来た。
どうしたんだ清水のヤツ。
「あのさ、清水」
「――水を」
「え…?」
思わず聞き返す。と言うか今の「え?」には色んな意味が込められている。聞こえなかったのでもう一度と言う意味と、今喋った?と言う驚きの意味が入り混じった「え?」だった。だって、今日初めてなんだ。清水の声を聞いたのは。
「流れる水を、イメージする…」
驚き固まる俺を余所に、そう言って清水は俺とは違うランプを持ち、そしてその中央に火を灯した。あまりの早業に俺は言葉が出なかった。
「無理に集中しようとしないで、自由に流れる水を頭に描いて……」
「綺麗だな」
清水のその技術は勿論凄い、けど俺がいま何より感動しているのは、こいつがポツリポツリと小さな声だけど話してくれていること。そしてその声は、凛としてとても澄んでいる。綺麗な声だ。思わず本人に伝えてしまう位。
「声も、瞳も綺麗だ」
「――ッ!!」
この間少し見てしまった彼の瞳。その時抱いた思いを清水に伝えたのだが、瞳と言った瞬間、清水の身体が大袈裟に跳ねた。そしてガタリと大きな音を立て、席を立つ。突然の事で驚く俺は、彼の雰囲気を感じた。どういう訳か、清水は今とても怯えている。そう思った。