伝説のナル | ナノ


18

 俺が聞かされたのは、先輩が知っていることだけ。会長のお母さんが亡くなっていること。そして昔はその人から虐待を受けていたこと。そして、その人の為に頑張っていたこと。今の会長からは全く連想できない事実の連続に、俺はただ驚かされるばかりだった。

「今の晃聖からは想像つかないよねー。俺が最初に会ったときも普通に接してたから」

 先輩が会長と会ったのは小学校でだそうで、白河家に初めて行った時には会長とは会えなかったらしい。

「それでさ、晃聖の親父さんはさ、晃聖には早く継いで貰いたいらしくて、魔導士になるのに反対してたんだ」
「え…?」

 くだらない――演劇をする俺達を見てそう言ったあの人が、会長のお父さん。

「けど、晃聖が譲らなくてさ。白河をより発展させていく為にって言って、無理やり親父さんを説き伏せたんだよねー」
「そうだったんですか…」
「白河家はさ、もうかなり大きい組織だから、魔導士と言う肩書があろうがなかろうがあんまり関係ないんだ。だから親父さんも渋ってたんだと思う。冥無で学ぶのは時間の無駄だって」

 時間の無駄。魔導士に何とかなろうとしている俺からすればかなりの暴言に聞こえるが、そう思う人も中に入るのだろう。色んな人が居るんだな、ホント。

「でも、無駄なんかじゃない」
「え?」
「無駄なモノなんてない。此処は、俺の欲しいものをくれた場所だから」

 ギュウッと、お腹に回された腕の力が強まった。

「だからさ、きっと晃聖も見つけられると思うんだ」
「何をですか?」
「自分の欲しい答え」
「答え…?」
「晃聖はさ、探してるんだ」

 ――自分が、頑張る為の理由を。
 それは母と言う拠り所を失くした会長が、ずっと求めているものだと那智先輩が静かな声で言った。





(きっと辛い道のりになる。それでも選ぶの?)
(ああ。後悔はしない)

 夢を見た。俺が、番人の腕輪をあの人から貰った時の夢。夢でもいい、もう一度会いたいと思っていたあの頃の俺がこの夢を見たら、きっと喜ぶんじゃないか?そう思うほど、懐かしい夢だ。
 不思議なもので、夢と分かっていながらも中々意識が浮上せず、徐々に覚めていく。そして漸く完全に目を開けた俺は、目の前で寝ている人物に思わず息を呑んだ。繋がれた手が温かい。

「宗介…」

 何で此処に。その言葉は、宗介の背中にピッタリくっついて寝る那智を見て呑み込んだ。ああ、成る程。こいつが俺の部屋に入れたのか。心臓に悪いと思いつつ俺は身体を起こし、隣で眠る宗介の手をソッと外した。

「……それで、俺に何か用ですか?」
「気付いてたんなら声かけろよ」

 扉の方から気配はしていたから、居たのは分かってた。しかし無断で俺の部屋に入るなどこの人らしくない。そんな思いで廊下から顔を出した学園長を見る。

「用って言うか、ちょっと気になってな」
「ああ、宗介くんですか。何と言うか、不安定ですね。魔力が安定しない」

 恐らく那智にでも聞いたのだろう。あの教室での出来事を。それに今回の事でよく分かった。あまり残された時間はない。やつが焦っているのが分かる。だからこそ、宗介を近づけさせない。

「いや、宗介もそうだが…」
「あ?」
「お前の身体は大丈夫なのか」

 その言葉に思わず目を瞠る。

「俺の心配なんて、どう言うつもりです?何か企んでいるんですか」

 この宗介バカが俺の心配なんて、槍でも降るんじゃないか?だが茶化してそう言った俺を、学園長は静かに見据えた。

「分かってるはずだろ」
「何がだ」
「自分の身体が、既にもう――」
「黙れ」

 その言葉を遮って、俺は二人を起こさないようにベッドから降り、学園長の横をすり抜ける。正直まだ完全とは言えない体調だが、この話を傍でされるより百倍マシだ。凪、と俺を呼び留める声を無視して、俺は自室から出て行った。





「ハッ…」

 昔からそうだ。自分には全く懐かない。けど、抱えた思いは一緒。それだけが、二人を繋げていた。

「……ホント、お兄ちゃんって大変だよな。凪」

 ポツリと呟いた声に、返事はない。
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bkm