伝説のナル | ナノ


17

『晃聖はいい子ね』

 そう言って撫でてくれる手が好きだった。

『貴方は私の自慢の子よ』

 貴女にそう言ってもらえるだけで、俺は嬉しかった。これから二人で、仲良く暮らして行けると、俺は思っていたんだ。でも、違った。それは俺の思い違いだった。


『また、あの人に会える!』


 そう言って笑う貴女を、俺は知らない。





 白河家は、世界に名を馳せる位の大企業だ。何の会社なのかと言われると、子会社もあるからもう上げたらきりがない。それ位、今も成長し続ける、光を受け継ぎし一族が白河だ。だから跡継ぎにも余念がない。強い強い力を求めるため、正妻の他にも妾が何人も存在した。そしてその中の一人が、俺の母親。俺は、妾の子として生まれた。だが既に正妻には子供が居た。このまま順当にいけば、その子供が家を継ぐ。しかしもし妾の子に、その子供以上の力を持つ者がいたら、その子供は跡継ぎの座を失う。それを危惧した正妻が、子を持つ妾を全て屋敷から追い出した。俺達ももれなく追い出され、幼い俺は母と一緒に外でひっそり暮らした。あまり屋敷でいい待遇は受けていなかったから、俺はどちらかと言うと、こうして母と一緒に外で静かに暮していけると思い、嬉しかった。
 しかし、当時の俺は気付くことはなかった。既に形を見せていた、母の狂気に。

「いつか、いつかあの女を見返しましょう…そうしたら、またあそこに…」

 そう言って俺を抱き締める母を、俺は小さな身体でただ受け止めるだけだった。そして月日が流れたある日、母は俺に宿る力に気付いた。俺も知らなかった、魔導の力。ひょんなことから発覚した。そう、俺にも光が操れる力が備わっていた。それも、正妻の子を…いや、それ以上に俺の父親さえも凌ぐ程の魔力を、俺は持っていた。呆然とする俺は、俺の力を目の当たりにして固まっていた母を見上げた。
 母は、笑っていた。

「行きましょう、晃聖」

 そう言われ連れてこられた場所は、俺達が追い出されたあの屋敷。その門の前に立って、母が父への面会を申し入れに行った。門番の人達が、突然来た俺達に驚いていた。そして更には俺を見て驚いていた。しかし一向に父に会わせてくれない門番に焦れた母が、俺を見た。その目に映る俺は、酷く無表情だ。もう母が何を言いたいのか分かっていた。だから俺は視線を外し、今出来るだけの魔導を発動させた。
 母さんが望むなら、俺は――。

「此方へ、晃聖」

 俺の魔導を屋敷から見たのか、父が俺を屋敷に入れてくれた。何だ、こんなにも簡単な事なのかと何処か他人事の様に思う。でもこれで、母の望みは叶えられたはずだ。そう思って、後ろを振り返る。
 母が、泣いていた。

「どうして!どうして私を入れてくれないの!」
「用があるのは晃聖だけだ」

 母さんの姿が、閉まりゆく扉で見えなくなっていく。俺は思わずその方向へ走り出した。しかしその前に父の護衛の人に腕を掴まれ、それ以上進むことが出来ない。掴まれた腕が痛い。

「いやあぁぁぁ!!私を入れて、お願いよ――!!!!」

 その最後の叫びを最後に、母の姿が完全に見えなくなる。何で、どうして俺だけが……扉から離れ、俺の元まで歩いて来た父を、そんな思いで睨む。しかし父は何も言わず、ただ俺を抱き締めた。その一度きりだったと思う、父が俺を抱き締めたのは。

「晃聖を医務室へ」

 父はそれだけ言うと、俺に背を向け去って行った。屋敷の使用人に促され、俺は医務室へと運ばれた。何で医務室に行くのか、それはもう俺にも分かっている。
 俺が身体中に痣を作って、顔を腫らしているからだろう。

『晃聖、ごめんね』

 謝りながら、泣きながら、でも笑いながら、母は俺を殴る。そして決まって最後は抱き締める。歪な関係だった。親子とはこんなものなのかと、考えたりもした。けど、忘れられない。あの人が嬉しそうに笑ったその時だけは、俺も心底幸せだと思えたから。例え母が俺を見ていなくても、それでも、幼い俺には母だけが全てだったから。

「お願いがあります」

 身体の痣も顔の腫れもすっかりよくなった頃、俺は白河家の一員として迎えられ、そして皮肉にも妾の子である俺が一族の血を色濃く継いでいるとして、次期当主に選ばれるのはそう遠くない話だった。そんな中、俺は父にお願いと言って、一つだけ言った。

「現当主に恥じない当主になってみせます。だから、どうか――」

 母を屋敷に入れて欲しい。そう頼んだ。父はすぐに頷いてはくれなかった。そして俺にも問う。お前は平気なのかと。でも俺が此処に来たのは母の為。全てはあの人に喜んでもらいたかったから。だから、俺は頑張って来た。なら、もっと頑張ればきっと報われると思った。そんな俺の思いを汲んでくれたのか、俺の申し入れに、父が漸く頷いてくれた。それから俺は血の滲む様な努力をして来た。知識も、魔導も、俺に必要なものは全部取り込んでいった。辛いかと言われれば辛いこともあった。でも母の為と思えば、楽に思えた。
 楽だったんだ。


「お前さえいなければ――!!」


 そんな矢先だ。
 母が死んだと知らされたのは。
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bkm