伝説のナル | ナノ


3

 どの位経ったのだろう。傷心に浸って扉により掛かりながら、部屋に積まれた数個の段ボールをボーッと見ていたらいつの間にか辺りが薄暗くなっていたことに気付いた。
 そうだ、ご飯行かないと――そう思って立ち上がろうとした瞬間、扉に寄りかかってた俺は、不意に扉が開いたことによりそのまま後ろへと傾いていく。きっと訪れるだろう背中の痛みを覚悟して目を瞑ったが、その瞬間は一向に訪れない。

「鈍臭いですね」
「っ…アンタは」
「今朝方振りです」

 通りで痛くないはずだ。俺はこの人に受け止めてもらったらしい。まあ、こうなった事態を引き起こしたのもこの人だけど。この薄ら笑いに長い金髪を頭上で一括りにした男……そう、俺を迎えにきた朝の黒服の男だ。今はサングラスを掛けてないせいか、翡翠の様に輝く瞳とかち合う。宝石と見間違うくらいの美しさから、思わず綺麗だ…とポツリと呟いてしまった。それが相手に聞こえたのだろう。少し驚いた顔をしている。

「こんな体勢で口説かれるのは初めてですよ」
「口説いてはないです」

 確かにこの体勢は申し訳ない。決して俺は軽くない。背丈だってあんましこの人と変わらなさそうだ。けど、俺を受け止めたこの人は難なく俺を引っ張り立たせた。凄い力だ。

「いつまで経ってもいらっしゃらないので、お迎えにあがりました」
「お迎え?」
「宗介くん、まさか此処から動いてないんですか?あそこの机の上に言伝を置いておいたのですが…」

 ちらりと俺の後ろを見た黒服の男は、真っ暗な部屋の中を見てそう判断したのだろう。俺は俺で机をみる。あ、あれか。今気づいた。

「まあ、いいんですけどね。俺が迎えに来たんで、このまま行きましょう」

 呆れたような溜息を一つつき、彼は俺の手を掴んで歩き出した。これは、繋いでないといけないのか?まあいいか。最初の出会いがあんな感じだから、あんまりこの人のこと好きではないんだけど…きっと誰かを待たせてしまったんだろう。迎えにきたってことはそう言うことだよな。それは大変申し訳ないことをした。黙って手を引かれながらそんな事を考えていたら、黒服の男が急に立ち止まった。俺も何とか彼に当たらずに踏みとどまったが、もう一歩踏み出してたら当たっていただろう。何なんだよ一体。

「…今日は厄日かよ」
「よお、尚親」
「さっさと出てけ」
「図体だけじゃなくて口もデカくなったなオマエ」

 この声、昼間の…俺の同室の人だ。黒服の男から少しズレて前を見ると、黒に近い深緑の瞳と目があう。って、さっきはこの人を怒らせたと思ってあんまり顔とかを見てなかったけど、この人随分と変わった色の頭してるな。真っ赤っかだ。

「ああ?…お前、そう言うのが趣味なのかよ。趣味悪」
「お前ほどじゃねーよ。学園のお姫様だっけ?あんなんの尻追っかけてる奴に言われたくねーよガキ」
「テメェ、耀を…ナル候補を馬鹿にするとは、余程死にたいらしいな」

 耀、と言う名前に思わず反応する。学園のお姫様?凄い渾名がついたなアイツ。もしかしたら他の耀さんかも知れないが、お姫様と言うぐらいだからきっとアイツで間違いないと思う。それにしても今ナル候補って言ったよな。ナルっておじさんが言ってた幻の無属性ってヤツだ…耀のやつ、本当になれたのか。

「ナル候補、ねえ」
「何がおかしい」
「いや、今となってはそれも必要なくなるなァと思っただけだ」

 え?必要なくなる?一人でウンウンと頷く黒服の男に、真っ赤な頭の同室者は舌を打つ。

「相変わらず意味の分からねーことを…」
「それよりも、オマエもナル候補だったはずだろ?あの姫さんに最有力候補の座をとられて悔しくねぇの?」
「ふん、もうそんなのどうだっていいんだよ。俺は耀のガーディアンになれりゃそれでいい」

 ガーディアン…七人居たとか言う、ナルを守護する人達だったよな。ナルも凄そうだけど、ガーディアンになるのもきっと大変なんだろうな。

「へえ…まあ、オマエの決意表明とかどうでもいいけど」
「ハッ。つーか、俺にじゃなくてテメェが説教する相手は他にいんだろ」
「…那智のこと言ってんだったら、そりゃオマエの勘違いだ」

 その言葉にピクリと同室者の眉が動く。

「アイツは見極めてんだよ。ホンモノのナルを探してな」
「本物の、ナルだと」
「そ。オマエと同じで追っかけてるけど、アイツはあの姫さんが自分の主人になるとは考えてないだろうよ」
「主人て…那智もナル候補だろうが」
「まあ、理事の方々からしたらそうだろうけど、那智は端からガーディアンの座しか狙ってねぇよ」

 ――それが、アイツの小さい頃からの夢だから。
 そう言って黒服の男は綺麗な笑みを浮かべた。
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bkm