16
扉がある。
白い扉が。
〈――――、めだ〉
ポツリと白く浮き出る扉。
あれはレイさんの居るあの部屋に繋がる扉だ。
いつもと違うのは辺り一面暗闇と言うことだけ。
俺は一人、その闇の中に立っている。
〈来て――――そ、け〉
レイさん?
さっきから俺を呼ぶのは、レイさんのなのか?
俺は、その声に応える様に扉に手を掛け開ける。
〈――来てはダメだ、宗介ッ!!〉
ハッキリと、レイさんの声が俺の耳に届く。そして俺は扉の異変に気付いた。白い扉がいつの間にかどす黒く染まり、何倍もの大きさに変化している。背筋がゾッとするほどの禍々しい気を放つどす黒く大きい扉から、俺は反射的に離れた。
しかし、俺は見てしまった。
俺が少し開けてしまった扉から覗く、不気味に光る大きな黄金の目を。
『ミツケタ』
*
「――――ッハ」
息苦しさに見舞われ、勢いよく身体を起こす。そのせいか一気に覚醒した。ドクドクと音を立てて鳴る心臓を抑える様に、胸に手を当て息を吐く。何度か深呼吸をして、落ち着かせる。ジトリと、額に汗が浮かんでいる。
何だったんだろう。今の夢は。いや、そもそも夢なのか、あれは。夢にしてはリアルだ。それに、最後に見たあの目は一体――。
「ん?」
何だか右手の自由が利かない。そう思って右手を持ち上げると、何と誰かの手が一緒についてきて思わずギョッとする。そしてその手の先を探って更にギョッとした。俺の隣で誰か寝てる。しかもその誰かと言うのは……。
「あれ、宗介。起きた?」
「っ、那智先輩…」
「おはよ。って言ってもまだ夜中だけど」
ガチャッと扉を開けて入って来たのは何と那智先輩だ。何で那智先輩が居るんだ?あれ、と言うか俺、いつの間にベッドで寝てるんだ?それに此処は、俺の部屋ではない。見覚えが全くないし。
「宗介の部屋には入れなくてさー。代わりに凪の部屋に連れて来た」
「…だから凪さんが隣で寝てるんですね」
つまりこのベッドは、凪さんのベッドか。凄く申し訳ない。
「うーん、て言うか凪が宗介の手を離さなくてさ。仕方ないからそのまま二人で寝かしといたんだー」
困ったお兄ちゃんだよねぇ、と苦笑する那智先輩。あれ、でも何で俺まで此処に?そこまで考えて、ハッとする。そうだ、俺はあの時……。
「凪さんの具合はっ?」
「うん。ちょっとは落ち着いた。何だ、宗介気付いてたんだ。凪の具合が悪いの」
思い出した。全部。俺は演劇の練習中だった。そして突然会長たちの家族がやって来て、そんで凪さんも来て、俺を庇ってくれた凪さんが殴られているのを見ていたら、急に意識が遠くなって。
でも、微かに覚えてる。あれは、あの力は、確かに俺の――。
「大丈夫。凪は、これ位じゃくたばんないよ」
「……!」
「だって宗介が居るんだもん。簡単には死なないよ」
余程不安と言うか、情けない顔をしていたのだろう。那智先輩が俺を落ち着かせるように頭を撫でてくれる。俺は少し安心して、はいと小さく頷いた。そしてチラリと見た凪さんの顔色は確かに大分良くなっている。本当に良かった。
ホッと一息つき、俺はもう一つ気になる事が頭に浮かぶ。
「あ、あの。後…」
「晃聖のことだよねー?」
俺が言う前に、先輩が先に話し出す。流石に鋭いと言うか何と言うか。俺、確か最後会長と話していた筈だ。おぼろげで、俺は何かを言っていた筈だったんだけど、よく内容を思い出せない。けどハッキリ覚えているのは最後、会長が綺麗に笑っている姿だけ。
一体会長はどうなったんだろう。
「那智先輩、白河会長は……ッちょ!」
「話すよきちんと。ベッドの中でねー」
何を思っての行動だろう。いきなり先輩が俺と凪さんの寝るベッドに入り込んで来た。ガバッと俺をまたベッドに押し倒してまで。二人でいっぱいのベッドに、大の男三人ギュウギュウ詰めになって、凪さんと那智先輩に挟まれた俺としてはかなり狭苦しい。
「せ、先輩っ」
「大丈夫大丈夫。寝るだけだから」
「で、でも凪さんが…」
「へーきへーき。凪一度寝たら中々起きないから」
ほら、むこう向いて。
そう言って俺の背に密着してくる先輩に、俺は戸惑いしかない。何で話をするのにこの状態?俺抜け出してもいいかな。そう思うが、未だに解放されない右手。必然的に凪さんと向かい合う状態になって、俺はそれにもドキマギしてしまう。前を向いても後ろを向いても、俺の気持ちは落ち着かない。
「あの、那智先輩…?」
「えへへ」
それなのに、先輩はなぜか嬉しそうに笑っているみたいだ。後ろに居るから分からないけど、凄く嬉しそうな声で笑っているから、何となくそう思う。
「昔に戻ったみたい」
「え?」
「んーん、何でもない。それより晃聖の話だったね」
上手くはぐらかされた気もするが、折角先輩が話してくれる気になってるんだ。俺は静かに頷き、那智先輩の言葉の続きを待った。
「晃聖ね、所謂妾の子ってヤツなんだ」